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世界遺産検定 無料出張セミナー|陣内秀信さん

イタリアの世界遺産に学ぶ
歴史的景観の保存と都市の再生

法政大学 工学部
建築学科 教授
陣内 秀信氏

イタリアの都市再生を後押ししてきた世界遺産

―― ご専門はイタリアの建築史、都市史ですが、世界遺産との関わりを教えてください。

サッビオネータの市役所の壁に設置された世界遺産の認証パネル
サッビオネータの市役所の壁に設置された世界遺産の認証パネル

 世界遺産だから研究している、というわけではないのですが(笑)、ヴェネツィア、ローマ、フィレンツェ…と名前を挙げるまでもなく、多くのイタリアの都市や建築は世界遺産ですから、研究対象は結果的にほとんど世界遺産ということになりますね。

 イタリアの世界遺産登録数は世界一。周囲の自然と調和した伝統的建築や美しい町並みが数多く残っていますが、単に壊れにくい石造、レンガ造だから、というわけではないんです。実は、イタリアでも1960年代、戦後復興とともに多くの近代建築が建てられました。しかし、1960年代後半に都市の歴史的景観を守るべきだという世論が高まり、イタリアでは各地に歴史地区(centro storico)を定め、町の歴史的景観をまるごと保存し、再生する試みがなされるようになりました。世界遺産への登録は、そうした都市再生、地域復興の流れを後押しする役割を果たしてきたのです。

 イタリア半島南部にある世界遺産「マテーラの洞窟住居と岩窟教会公園」などは、その典型例です。今でこそ観光地として有名なマテーラですが、20世紀初めには、貧しさの象徴とされ、衛生上の問題などもあり、1960年代に住民は新市街へ強制移住させられ、廃墟となっていました。その後、歴史的な価値が再評価されるようになりましたが、1993年に世界遺産登録されたことで一気に注目を集め、官民一体となって再生プロジェクトが進められました。今では洞窟住居内に住む人も増え、レストランやホテル、土産物店が並び、町に活気が戻ってきています。

 昨年は、世界遺産登録された「マントヴァとサッビオネータ」の登録記念セレモニーに出席してきたのですが、同時に専門家を招いて「水の都市」に関するシンポジウムが開催されました。というのも、マントヴァ市にとって世界遺産登録はゴールではないからです。世界遺産登録を布石として、湖に囲まれたかつての「水の都市マントヴァ」を再生したい、というのが、自治体としての都市再生の戦略としてあるわけなんですね。

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世界遺産に「住む」ということ

―― マテーラもそうですが、イタリアには町全体が世界遺産となっている所も数多くあります。実際に世界遺産に住んでいる現地の方にとって、世界遺産とはどのような存在なのでしょうか?

サッビオネータにあるゴンザガ家のパラッツォでの祝賀パーティーでの1ショット
 サッビオネータにあるゴンザガ家のパラッツォでの祝賀パーティーでの1ショット

 世界遺産に住んでいる、という意識はそれほどないかと思います。歴史的旧市街(centro storico)に住んでいる、という意識は強く持っているでしょうね。イタリアでは、誰もが自分が住んでいる都市の全体像に対するイメージを抱いており、それが文化的なアイデンテティとなっています。みんな自分の住む都市に対して、ものすごく強い思い入れがあり、こだわりを持っているんです。

 例えば、私が住んでいたヴェネツィアのアパートの大家さんのお母さんなどは、自分の家から見える景観の美しさについて、実に雄弁に、ポエティックに語ってくれます。そのアパートはサンマルコ広場の裏手、ほぼ町の中心部に位置していて、5階の部屋からは、伝統的な瓦の甍が続き、その奥にはサンマルコ寺院の鐘楼がピッと建っているのが見える。真下には狭い路地があり、眺望だけでなく、路上の喧噪、人の声や石畳をかける音、隣の家の生活音から教会の鐘の音、カモメの鳴き声、波の音も聞こえる。こうしたサウンドスケープも含めてヴェネツィアでの生活を楽しんでいるのです。

 もちろん、コンビニも自動販売機もありませんし、5階でもエレベータは無い、自動車が自由に使えない、といった不便さはありますが、「便利さ」という価値観を最優先しているわけではないので、決して我慢をしているわけではない。むしろそうした暮らし自体をエンジョイしており、そこに住むことを誇りに思っています。

 このように、イタリアの歴史的旧市街での生活が、そこに住む人にとって満足度の高いものとなっているのは、古い外観はそのままに、内装を快適な居住空間とするリノベーション技術が発達しているからなのです。実際、歴史的旧市街の方が、かっこいいアパートが多く、家賃も高く、治安も良く、比較的裕福な人が住んでいてイメージも良い。そのため、開発者は更にリノベーションに力を入れるようになり、職人の技術は向上し、人々はこぞって歴史的旧市街に住みたがる、といった好循環が生まれ、一つのマーケットを形成している。経済発展と歴史的建造物の保存は対立することなく、共存しているのです。

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世界遺産を学ぶことが「未来の世界遺産」を創り出す

―― AO入試で世界遺産検定が評価される学校が増えてきています。先生も、学生向けガイダンスで、「ぜひとも世界遺産を学んでほしい」と話してくださいました。特に建築を志す学生が、世界遺産を学ぶ意義とはどこにあるのでしょうか。

マントヴァ市役所の前で世界遺産の認証パネルの除幕式が行われた
マントヴァ市役所の前で世界遺産の認証パネルの除幕式が行われた

 日本を始めとしたアジア地域では、高層ビルはどこからでも建ちますし、ネオンや看板は所構わず無秩序に立ち並んでいます。それをアジア的混沌として、「面白い」と評価する人もいます。しかし、エコロジーという観点からも、「破壊と建設」を繰り返す20世紀型の建築や都市開発は見直すべき時期に入っていることは確かでしょう。これから建築の世界を目指す人には、「保存か開発か?」という二者択一ではない、新しい視点が求められています。世界遺産を通して、歴史や文化を大切にし、周囲の自然や地形と調和した建築や都市について学ぶことは、これからの建築や都市開発を考える上で多いに役立つと思います。  

 また、日本各地に残る歴史的建築や町並みの保存についても、本当の意味で「遺産」を未来に残すのであれば、単に建築物を修復、保存し、観光客向けの「テーマパーク」にするのではなく、「生き続ける町」として町全体を再生することを考えていかなくてはならないと思います。観光のためではなく、そこに住む人にとって豊かな生活空間を創り出すことで、結果的に観光客にとっても魅力的な空間となる。そうした保存と町おこしの事例を、イタリアを始めとする欧州各国の世界遺産から学んで欲しいですね。

 それからもう一つ。世界遺産というのは人類にとってかけがえのない価値を持った宝物であり、そこに訪れる人に大きな感動を与えたり、様々な問題について考えるきっかけを与えてくれます。しかし宝物は世界遺産だけではありません。どの町にも歴史的価値のある場所、アイデンティを感じさせる空間を見つけることができるはずです。それを自らの目で発見し、意味づけ、町づくりに生かしていくという視点を持つこと。それが「未来の世界遺産」を創り出すことにつながると思うのです。たとえば、日本には歴史的建造物はそれほど多く残っていませんが、川や丘などの地形や自然をうまく取り入れて、上手に町づくりをやってきた歴史があります。建築を志す方々には、そうした価値あるものを見つける目を養っていただきたい。そのためにも、世界遺産検定を通して世界遺産を学び、実際に世界遺産を訪れ、そこに住む人々の暮らしを肌で感じてきてほしいと思います。

 ちなみに、私が個人的に好きな世界遺産はアマルフィ海岸です。断崖絶壁に建てられた都市の景観は変化に富んでいて、とにかくダイナミックです。お料理も美味しいですしね。また、イタリアでは、すでに歴史的景観を残しながら都市再生する方法が確立してきていて、今は、比較的豊かな北部の都市から南部の都市へと流れが移ってきています。南部にはレンガ造ではなく石造の建造物が数多く残っていますから、今後、修復が進み、かっこよく生まれ変わって行くかと思います。そうした意味では、シチリアのシラクーサやタオルミナ、南部のレッチェやガリッポリなども注目してほしいですね。

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