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校現場でのESDの取り組み事例

ユネスコスクールの活動を中心とした、学校現場でのESDの取り組み 事例を紹介します。

ユネスコスクールの説明はこちらをご覧ください。

  • 多摩市立東愛宕中学校冨田広 校長

「人と人」「人と社会」「人と自然」――“つながり”を柱にESDを推進 ESDと学校教育、目指しているところは同じ 多摩市立東愛宕中学校 冨田広 校長

「人と人」「人と社会」「人と自然」――“つながり”を柱にESDを推進

学校教育で求められる「問題解決能力」の育成

多摩市では市立小・中学校におけるESDを推進し、同教育推進を取り組みの1つに掲げているユネスコスクールへも全校登録を申請しています。こうした運動をリードされている棚橋先生がESDやユネスコスクールに着目した経緯を教えてください。

私は環境教育に取り組んで長くなりましたが、環境教育の必要性は理解してもらっても、実践がなかなか広まらない状況が続いています。原因として、環境教育が体験だけで終わってしまう指導なのか、何らかの学力を向上させる指導なのか明確でなかったことなどを考えていました。また、国際学習到達度調査(PISA)の結果から、日本の子ども達の学力低下が言われ、身に付いた知識や経験をもとに工夫して課題を乗り越える力=問題解決力が低下していることが指摘されました。環境教育はこの問題解決力を育むのに適した指導であると考えます。

そのような中、ESD(持続発展教育)がはじまり、自ら課題を設定して工夫して課題解決を図る問題解決力を育む指導の充実が必要となりました。また、新学習指導要領には持続可能な社会づくりという記述が多く見られるようになりました。そこで、ESDへの取り組みを多摩市に働きかけたのです。

ユネスコスクールに着目したのは、取り組みの一環としてESD推進を掲げているからです。「ユネスコ」というと国際理解教育を連想されると思いますが、様々な問題が国境を越えてグローバル化していることから、持続可能な社会をつくるにはグローバルな取り組みが必要との判断から、ESDを実施する学校もユネスコスクールに登録できることになりました。ユネスコスクール参加の意義はここにあります。

「児童自ら課題を想定し解決方法を主体的に考える」プロセスこそがESDの本質

多摩第一小学校で行われているESDの取り組みについて教えてください。

「ゴーヤプロジェクト」発表の際の1コマ。自分たちで考え、協力し合いながら1つのことを成し遂げる喜びを、児童たちが自分たちの言葉で発信。
「ゴーヤプロジェクト」発表の際の1コマ。自分たちで考え、協力し合いながら1つのことを成し遂げる喜びを、児童たちが自分たちの言葉で発信。

4年生の授業で温暖化防止の方策として注目されている「緑のカーテン」をゴーヤで作り、環境問題について学びました。その後、ゴーヤの種から育てた苗を地域の人に配布し、東日本大震災の被災地支援のために募金を集めるという取り組みを行いました。緑のカーテンをつくることが環境教育やESDと誤解されがちですが、実はそうではないのです。ESDの本質は「何をやったか」ではなく、「どうやったか=プロセス」にあります。

まず児童たちは「被災地支援のために自分たちは何ができるか」という課題に対して「栽培したゴーヤを配って募金を集める」という方針を決めました。はじめはゴーヤを販売するという案だったのですが、販売することはいいのかという意見があり、児童たちは自ら考えて募金がよいという結果になりました。次に「運ぶ時、ゴーヤの茎が折れてしまうのでは?」「育て方がわからないのでは?」「どうしたらたくさんの方に見てもらえるか?」といった課題に対しても運び方を考えたり、手作りのリーフレットを作ったり、ゴーヤ=沖縄という流れからエーサーを踊って注目されるよう工夫しました。「児童自ら課題を想定し、解決方法を考える」ことこそがESDの本質だと考えています。

取り組みの結果は2012年1月に開催された「ESDフォーラム2012」で発表をしました。単に体験するにとどまらず、その工夫した体験を「人に伝える=他者とコミュニケートする」というところまで踏み込めたことでESDの理念により近づけたとも考えています。

ユネスコスクール加盟により交流の輪が広がる

今後の取組方針などについて教えてください。

発表の際に児童が「自分たちの力でここまでやれたんだ」というようなことを話してくれましたが、こうした成功体験がESD推進の鍵になると思っています。今後はユネスコスクールとして、児童の取り組みを共有したり、児童が交流を通して新たな学びを獲得したり、取り組み意欲を高めるなどしたいと思っています。

「ユネスコ×交流」というと「国際交流」を連想される方が多いと思いますが、私は隣の地域との交流がスタートでもいいと考えています。隣の地域でもしっかりとみつめると、地域性や文化の違いはあるのではないでしょうか。こうした「異文化」と交流することが、ひいては「国際交流」「国際理解」につながっていくと思っています。

(2012年3月)

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