世界遺産検定マイスターレポート

世界遺産検定 せかけんマイスターレポート第2回:建築家 齊藤 哲也さん×マイスター 龍門 達夫さん

世界遺産で注目される20世紀建築

 龍門 達夫さん(以下、龍門)/現在世界で890の世界遺産登録がされていますが、その中の文化遺産として、そのほとんどがヨーロッパ、またキリスト教関連施設が中心になっており、その偏りを是正する為に、文化的景観や産業遺産、20世紀建築が新たな価値として注目されています。本日は、建築のそれぞれの専門の立場で20世紀の建築についてのお話を進めていきたいと思います。

 まずはじめに、竣工後30年程度で世界遺産として登録されたオーストラリアのオペラハウスについてお聞きしたいのですが、実は竣工後わずか10年も満たないうちに世界遺産に登録推薦を行っていて、ICOMOSが時期尚早として難色を示し、2007年登録されたという経緯があります。歴史的建造物を専門に研究なさっている齊藤さんの立場から、この傾向についてどのように思われますか?

世界遺産検定マイスター・龍門達夫さん×建築家・齊藤哲也さん

 齊藤 哲也さん(以下、齊藤)/オペラハウスのすばらしいところは、あの建物に対して地元の人々が大きな愛情を抱き、誇りと考えていることではないでしょうか。私はオペラハウスのように世界遺産の対象として20世紀の建築が注目されることは、大変喜ばしいことだと思います。20世紀の建築はいまの私たちの生活にダイレクトにつながるものですから、世界遺産に登録され多くの人に認知されることによって、私たちのまわりにある建物の成立過程や発展、多様性など広く理解して頂ける機会になるでしょう。

 学生たちにも言っていることですが、まずはよく「知る」ことがとても大切です。人と建物の関わりを知らなければ興味が深まりません。興味がわけば、守ろう、大切にしようという気持ちも自然と生まれてきます。

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材料が損なわれやすい20世紀の建築を21世紀に引き継ぐために

 龍門/オーストラリアもそうですが、比較的文化の歴史の浅い土地では、現代の遺産に対する愛着もひとしおであるという感情は理解できるような気がしますね。逆に、欧州など長い歴史があるところでは、やはり相対的に20世紀の建物の評価は低いのでしょうか。齊藤さんが研究のフィールドとされているイタリアではどうでしょう。

齊藤さんが深く感銘した建築のひとつローマ・パンテオン
齊藤さんが深く感銘した建築のひとつローマ・パンテオン。「天井のトップライトから光が差し込み、言葉に尽くせないほど美しい。何千年も以前の人が、こんな建物を作っていたのかと思うと、心が震えます」(齋藤)

 齊藤/率直に言ってイタリアでの評価は決して高いとは言えません。イタリアには数世紀を超えた建物が数多くあります。そういう建物は現代とはまったく異なる営みの中にあったわけですから、様々な想像力をかきたてられます。それに対し20世紀の建築は、私たちの現在の生活の延長線上にあります。その分、体験としての刺激が足りなく、評価しにくいのかもしれません。もちろん、龍門さんや私など、建築に携わる者の間では、そのデザイン、構造、成立過程など20世紀の建物の中にも、「これは後世に残すべき」と評価できる建物が数多くあります。しかし、専門家ではない現地の人たちが「価値」を認めるまでには、まだ少し時間がかかるような気がします。

 龍門/後世の人に評価をゆだねる必要があるということは、それまで維持保存しないといけないですよね。

 齊藤/ええ。ヨーロッパの昔の建物は大概が石やレンガでできています。石は風化に強くそこまで意識しなくとも後世に残る素材のひとつですが、20世紀の建物の素材はコンクリートや鉄が中心。コンクリートの中の鉄筋がさびてしまうなどして、石より損なわれやすいのです。石の建物以上に維持管理していくという意識を持つ必要があるのです。

 龍門/20世紀のひとつの象徴でもある建物を21世紀に残すためには意識的努力が必要ということですね。

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建物は、人が使ってこそ生命が宿る。20世紀の建築を特徴付ける「住居」の本来の姿

20世紀の建築家ル・コルビュジエの代表作として世界遺産暫定リストにあがっているサヴォア邸
20世紀の建築家ル・コルビュジエの代表作として世界遺産暫定リストに上がっているサヴォア邸。「ル・コルビュジエの思想を体現した建物」(龍門)「建築関係以外の人にもぜひ見てほしいですね」(齊藤)

 齊藤/ただ私は、建築物を「守る」という名目で、必要以上に人々の生活と切り離してしまうのには、あまり賛成できないんです。

 龍門/といいますと?

 齊藤/建築は、人が使ってこそ生命あるものになると思います。イタリアの教会などは、いまだに人々の生活にとって重要な拠点として、「使われて」いますからね。特に、20世紀初頭の近代建築においては「機能が形態を決定する」というテーマが貫かれており、このテーマこそがそれまでの「まずは様式ありき」の建築とは大きく異なるのです。だから近代建築を知るためには「機能=どう使われるか」という点が押さえられていないといけないのです。ですが、例えば20世紀の建築を象徴する住宅を挙げれば、その保全を考えるあまり、住居として使われたまま保全されているケースは本当に少ないのです。

 たとえば、東京・上野の国立西洋美術館など建造物群としてフランスの暫定リストに入っているサヴォア邸。この建築物の一階部分のカーブは、車で入ってくることを想定して作られたものです。現在は、住居として使われていないので、車が入ってくることはありません。もちろん、現段階でも十分美しい建築物なのですが、私などは、ここに車がすっと入ってくれば、どんなに美しいだろうと想像してしまうんです。

 龍門/そのお気持ちはとてもよくわかります。私は、20世紀、特に産業革命以降の建築において、それまでの時代と大きく異なるのは、「住宅」という分野だと考えています。それまでの時代において、当時の建築技術の粋を集めて作られた建築物は、支配階級が使うものだった。しかし、産業革命によって、ブルジョワジーという新しい庶民階級が力を得たことで、彼らの住まう住居に建築技術の粋が集まるようになったのです。そういう意味でも、20世紀の建築を特徴付けるのが「住居」であり、その本来の生命を維持したまま、守るには「住まう」「使う」ことが必要なんですよね。

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「使いながら守る」ための「正解」はない。建築物と真摯に向き合い知恵を出して・・・・・・

 龍門/ただ、住居として使うとなるとある程度の快適さは必要で、そのためには冷暖房設備なども設置しなくてはならない。そのあたりが課題だと思います。私は仕事の関係で、日本の世界的建築家が設計したある建築物に行く機会があったのですが、そこに冷房設備がドンと置かれていたんです。建築家の意匠を損なっていて、とても残念でした。「使いながら守る」という点では、遺産が多くあるイタリアなどは、どのような方策を採っているのでしょうか?

 齊藤/イタリアでも古い建築物の「使い勝手」をある程度担保する「設備」をどうするかというのは重要な課題です。たとえば、丸天井の隙間で人の目には触れない部分に冷暖房機器を設置する工夫などをしています。

 龍門/やはり、保全という面では、日本よりイタリアの方が進んでいるということでしょうか?

 齊藤/いろいろな対応策の蓄積があると思います。イタリアは、憲法で「古いものを保全する」といったことを定めている国ですから、意識面でも、ごく自然に浸透している部分はあるでしょう。保全に関する考え方に関しても、イタリアは18世紀後半より試行錯誤を繰り返してきたのです。最初は「建てられた当時の状態に戻す」ことが保全の主旨だという考え方がありました。しかしそうなると、建てられた当初から現在までの長い歴史の中で改築された部分はどうなるのか、という問題が出てくる。そうした改築もある意味、その建造物の歴史なのですから。そこで現在では、その歴史すべてを保全するといった考え方が主流になっています。これから改築する部分は、それが現在の改築だとわかるように素材を変えたり、プレートをつけたりといったことをしています。とはいえ、すべての建築物に同じような改築が行われるのではなく、建築物ごとにもっとも適した方法がとられています。保全に関しては、どれにも適応される「正解」があるというわけではないということですね。

数世紀を超えても、なお現役として使われ続ける建造物ミラノ大聖堂
数世紀を超えても、なお現役として使われ続ける建造物ミラノ大聖堂

 龍門/一つひとつの建築物にしっかりと向き合い、後世に残すべきものと共存していくことが大切なんですね。

最後に、こちらをご覧になっている読者はじめ建築関係を目指している方などにメッセージをいただけないでしょうか。

 齊藤/最初にもお話しましたが、対象をよく「知る」ということは、とても大切なことだと思います。世界遺産の登録は、そのきっかけとして、とても意義深いのでははいでしょうか。ものの見方を知るほど、興味はわいてくるものです。興味あるものが身のまわりに増えることが人生を豊かにするのだと思います。そして建築物に関しては、是非とも現地を訪れていただきたいですね。その場にたたずみ、土地の空気やその建築を使っていた人々の視線を体験していただきたいと思います。

 龍門/本日は、どうもありがとうございました。

(対談内容は一部編集しております)

text by梅村 千恵

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齊藤 哲也さんプロフィール

齊藤 哲也さんプロフィール

東京都生まれ。東京工業大学大学院建築学専攻博士課程終了
ミラノ工科大学建築学部でも学び、ニューヨーク・コロンビア大学 客員研究員を経て、明星大学理工学部建築学科専任講師(現職)。歴史的な都市や建造物を、現代のライフスタイルの一部として捉える視点により、国内および海外にて研究活動を行う。家具、住宅、まちづくりなどデザイナーとしても活躍。

龍門 達夫さんプロフィール

世界遺産検定マイスター・龍門 達夫さんプロフィール

1948年生まれ。現在建築設計事務所で役員をしている。第2回検定でシルバー、第3回検定でプラチナ第4回検定でマイスター認定。少しでも皆が世界遺産に興味を持ってもらえればと思い 社内報に世界遺産についての記事を執筆開始。

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