【探究課題】災害を経験した世界遺産を例に、身の回りの地域の防災計画を考えよう
世界遺産×SDGsチャレンジ!2025年度の探究課題の一つ「災害を経験した世界遺産を例に、身の回りの地域の防災計画を考えよう」について、立命館大学 理工学部の大窪教授にお話を伺いました。記事を読み、課題解決策を考えてください。

立命館大学 理工学部・教授
歴史都市防災研究所・アドバイザー
国際記念物遺跡会議(ICOMOS)・理事
大窪 健之 教授
現在の主な研究分野は「歴史都市の防災まちづくり」です。歴史都市とは、文化遺産が核となった歴史的な街並みを指します。個別の文化遺産や歴史地区に関する防災計画づくりをお手伝いする機会が多く、大きな方向性としてはこの分野になります。
もともとは建築分野の研究をしており、特に個別建築の設計や都市景観、街づくりに興味がありました。しかし、1995年の阪神淡路大震災を経験し、美しい街並みが一瞬で壊されてしまったことを考えたとき、安全がないと意味がないと実感しました。それから防災に興味を持ち、防災を基盤に美しい街づくりをすることができないかと考えるようになりました。
伝統的な街並みや建築、歴史的な災害を研究していくと、昔の人々は今のような科学技術や新しい材料がないにも関わらず、災害をくぐり抜ける中でさまざまな工夫をしていました。私は防災そのものも文化の一部だと考えています。先人たちの積み重ねてきた経験や知恵が、結果として歴史的な街並みの特徴や美しさを生み出し、将来の安全につながる新たな知見が見えてきました。
現在では、近代的な材料や技術を使って災害をゼロにすることが最終目標になっています。しかし、災害をゼロにするのは人間の力だけでは難しく、減災を考えていかなければなりません。減災の知恵を過去から学び、将来に活かすことで、防災文化を通じて歴史的・文化的価値を壊さずに後世に引き継ぎ、街や都市の安全を実現できると考えています。
歴史都市防災研究所は研究機関でありながら、教育や実社会に役立つ防災計画づくりも行っています。最近は研究成果を活かして、「重要伝統的建造物群保存地区」のような国や地方自治体が指定している歴史的な街並みに対して、防災計画を作るミッションに委託研究の形で携わっています。これを含め主に3つの活動を行っています。
1つ目は、学術として「文化遺産防災」の分野を発展させるために、研究論文を世界中から募集しています。また年に1回「歴史都市防災シンポジウム」という学術交流の機会を設けています。
2つ目は、教育機関としてユネスコチェアプログラムの形で国際研修を実施してきました。日本は先進国でありながら災害が多く、世界中から日本の災害対策が期待されています。途上国の文化財や防災の担当者、若手の実務家を研修生として招き、文化遺産の防災の基礎、防災計画作りの最初の一歩をつくるプロジェクトに関わっており、今後は国内向けにも活動する予定です。
3つ目は、小学生を対象とした「安心・安全防災Mapづくり」というコンテストを開催しています。小学校から自宅に帰るまでの通学ルートを詳しく調べ、身近なところから自分たちの周辺にあるリスクや地域の歴史、伝統を学びます。このコンテストを通じて、歴史都市や安心・安全の大切さというマインドを育むことに役立てたいと考えています。
京都・清水寺周辺では、文化財と地域を守る防災プロジェクトが実施されました。木造建築が密集し観光客も多いため、火災リスクが高い地域とされており、国の調査予算を活用して対策が進められました。京都市や住民、消防、文化財関係者と連携し、大規模なワークショップを開催。地震後の断水や交通寸断を想定し、初期消火の重要性が再確認されました。
その結果、災害時でも断水しない雨水を活用した「防災水利整備構想」が策定され、1,500トンの地下貯水槽2基と43基の市民用消火栓が整備されました。これらは日常的にも使える設計で、2024年1月2日の火災では住民が迅速に対応し、被害を最小限に抑えることができました。今後も地域に根ざした防災の仕組みとして活用が期待されています。

市民消火栓の放水(法観寺五重塔)

ナグバハルの中庭のテント写真
カトマンズでは、歴史都市防災研究所が中心となり、2008年から世界遺産の旧市街パタンで地区防災計画の策定を進めてきました。木造フレームとレンガ壁という独特な建物構造に対応するため、構造解析や住民参加のワークショップ、防災訓練を重ね、地域に根ざした防災づくりを行いました。
2015年のネパール大地震では、活動地域で死者が出ず、被害軽減に一定の効果があったと考えられます。特に注目されたのが、密集市街地にある伝統的な「中庭空間」で、避難や炊き出しの場として機能しました。日常の文化的営みが防災力につながることを実感しています。
海外で起きた災害や戦争、紛争も、自分の地域や文化遺産で起きたらどうなるか――そう想像することが防災の出発点です。防災において最も重要なのは「想像力」です。すでに起きたことには対応しやすいですが、まだ起きていない事態を想定し、備えることが求められます。特に気象災害は激甚化が進み、過去の知恵だけでは対応できないケースも増えています。どんな災害が起こりうるかを常に考える「想像力」が、これからの防災には不可欠です。
1つ目は「ステークホルダー※の参加」です。防災計画を立てる上で、最初のスタート地点でみんな一緒に何が問題なのか、同じ目線で議論しながら共有し、それぞれの立場を活かして、様々なアプローチで課題解決に向けて取り組むことです。ありとあらゆる「ステークホルダー」に巻き込まれていただくことは、私たちにとっても、一番大事な一つのキーになる活動だと思っています。
2つ目は「地域の特性を理解する」ことです。私たちが主に対象としている地区は、歴史文化が認められ、まちづくりとして支援されている地域が多いです。そういった歴史地区や文化財は、他に一つとして同じものがありません。防災の基本的なアプローチや考え方は共通性がありますが、一つとして全く同じ解決策はありません。まずはどういった特性がどんな災害に弱いのかを詳しく見ていくことになります。
3つ目は「地域資源の活用」です。なるべくその場所にもともとあるものを最大限活かすことです。先ほど清水寺の話でもしましたが、雨水という断水しない自然水利を防火に活かすことができれば、災害時の緊急時にも安全性と活用可能性の高い水源になりますし、環境を潤すような水と緑の街づくりに活かすことができます。人も資源も地域を最大限に活かすことが大事だと思います。
最後は、防災をもっと身近なものとして捉えて、「いかに日常化していくか」ということです。この考え方は「フェイズフリー」とよばれています。災害のフェイズと日常のフェイズの境界を取り払うという考え方です。防災はどうしてもシリアスな話なので、こういうことを言うとよく叱られてしまいますが、個人的には防災はどこかで楽しいことにつながる、未来の夢につながるような部分がないと続かないと思います。そのフェイズフリーを念頭に置いた、楽しく続けやすい防災が大事だと思います。
私たちの担当地区では、防災訓練を運動会形式で行う工夫をしています。例えば、東本願寺で実施した訓練では、二列に並んでバケツリレーを行い、どちらが早く水を運べるかを競いました。ただし、災害時にバケツが手元にあるとは限らないため、住民の皆さんに自宅からバケツ以外の容器を1つ持参してもらいました。お玉やヘルメットなど、さまざまな道具が登場し、笑いも交えながら進行しました。実際の災害時には、身近にあるもので対応せざるを得ない場面も想定されます。こうした訓練を通じて、楽しみながらも実践的な気づきを得られるよう工夫しています。
防災は本来、災害時のリスクをゼロに近づける取り組みですが、これからは防災を通じてプラスの価値を生む社会も目指せると思います。中学生・高校生の皆さんには、その柔軟な発想を生かして、楽しみながら「価値を生む防災」を考えてほしいです。たとえば地域の水資源を活用した防災は、断水時の備えになるだけでなく、環境保全や美しい景観づくりにもつながります。持続可能性を意識し、プラスの価値を生む新しい防災に取り組んでほしいです。
※ステークホルダー:関係者。この場合、地域の住民、消防や警察、自衛隊、行政の危機管理分野の方々、歴史都市の場合はさらに文化財の担当の部局や教育委員会など。