【探究課題】世界遺産を未来につなぐために、ウェルビーイングの視点から考え、活用方法を提案してみよう
世界遺産×SDGsチャレンジ!2026年度の探究課題の一つ「世界遺産を未来につなぐために、ウェルビーイングの視点から考え、活用方法を提案してみよう」について、武蔵野大学 ウェルビーイング学部の前野教授にお話を伺いました。記事を読み、課題解決策を考えてください。
前野 隆司 教授
武蔵野大学ウェルビーイング学部ウェルビーイング学科
学部長 教授 博士(工学)
私はもともとエンジニアでした。人は幸せで健康であることが大切ですよね。ところが、当時の製品やサービスの設計には、ウェルビーイングの視点が十分に取り入れられていませんでした。例えばロボットを作るときも、本来は使う人がより幸せで健康になれるよう設計されるべきですが、実際には性能やスペック、利益ばかりが重視されており、社会を良くする視点が十分に取り入れられていませんでした。
そこで私は、製品やサービスの設計の中にウェルビーイングを組み込むことが、人類にとって必要だと考え、この研究を始めました。これはSDGsの考え方とも共通しています。世界では環境問題や貧困問題など、持続可能な社会の実現に向けた課題が今も多く残っています。そうした課題を解決するためにも、ウェルビーイングの視点が必要だと考えています。
ウェルビーイングという言葉は、1946年にWHO(世界保健機関)が示した「健康の定義」の中で使われたものです。この定義では、健康とは「身体的・精神的・社会的に良好な状態であり、単に病気でない、虚弱でないということではない」とされています。この「良好な状態」を表しているのが「Well-being」という言葉です。
つまりウェルビーイングとは、身体的・精神的・社会的に良好な状態、言い換えれば、健康で幸せであり、福祉が行き届いた状態を指します。最近では「幸せ」という意味で使われることも多いですが、SDGsの目標3は「Good
Health and Well-being(すべての人に健康と福祉を)」とされており、「健康」や「福祉」という意味も含んでいます。
ただし、ウェルビーイングをそのように狭く捉えてほしくはありません。ウェルビーイングはSDGsの上位概念として捉えることもできます。SDGsの前文には、「SDGsが目指すものは身体的・精神的・社会的なウェルビーイングである」と書かれています。つまり、SDGsの本来の目的は、人々の体や心、そして社会が良い状態になることを目指すことなのです。
SDGsは、人間だけでなく、動物や植物も含めたあらゆる存在が良い状態であることを目指しています。ウェルビーイングとは、その「良い状態」そのものを探究する研究分野だと考えていただければと思います。
まず心理学で明らかになっている「幸せになるための条件」や、哲学など、あらゆる学問分野におけるウェルビーイングの研究成果を学生に伝えています。また、学生はさまざまな地域や企業を実際に訪問し、そこでウェルビーイングに関する課題を調べ、それを解決するための学習にも取り組んでいます。創造性を発揮して新しいアイデアを考え、現在の社会課題を解決していくような授業も行っています。
大学2年生と3年生は、自然と触れ合う活動を多く行っています。例えば千葉県の鴨川市やいすみ市を訪れ、昔ながらの自然農法に取り組んでいる方々から学んでいます。また、福祉施設を訪問して学ぶプログラムもあります。世界遺産に直接関わる活動ですと、和歌山の梅農家を訪ねるプログラムがあります。そこでは世界遺産である熊野古道を歩いたり、梅の収穫を体験したりしながら、地域の方々がどのような思いで文化や暮らしを守っているのかを学びます。言ってみれば、大学生版の探究学習ですね。授業の一環として実施しており、現在は4学期制の第2学期に、他の授業を行わず地域に出て学ぶ授業だけを実施しています。本当はすべての学びをその形にしたいのですが、現状では第2学期のみです。この期間は教室で学ぶのではなく、とにかく現場へ行くことを重視しています。
多くの教員が学生とともに各地へ出向いています。北海道から沖縄まで本当に全国各地です。例えば和歌山は現地在住の島田由香教授が担当し、岐阜県郡上市には私の妻が客員教授として同行し、20人ほどの学生と3週間ほど滞在しています。このように教員が分かれ、北海道、福島、千葉、東京、和歌山、沖縄など全国各地でフィールドワークを行っています。
島田由香教授 梅収穫ワーケーション
学びの流れとしては、1年生で「自分を知る」、2年生で「世界を知る」、3年生で「世界を創造する」、そして4年生で卒業論文に取り組みます。2・3年生では地域に入り、世の中の現実を学びます。さらに3年生では、創造性を発揮する授業が始まります。ブレインストーミングを行い、地域課題をどのように解決するかといった新しいアイデアを考え、それを実際に地域へ提案・実践していきます。また、フィールドワーク後には成果発表会があり、4年生では卒業プロジェクトや卒業論文にも取り組みます。個人またはチームで課題解決に挑戦し、その経験を自信に変えて社会へ出ていくのです。
まだ学部創設から3年目のため在籍しているのは3年生までですが、そのような教育を目指しています。
世界最古の木造建築「法隆寺地域の仏教建造物群」
ウェルビーイングは「現在、人々がどのように幸せであるか」だけでなく、約2500年前のソクラテスやブッダの時代から、人々がどのように幸せを追求してきたのかを考える学問でもあります。そのため、世界遺産について学ぶことは、人類の歴史のさまざまな良い面や悪い面、いわば功罪を学ぶことでもあり、私から見るとウェルビーイングを学ぶことにとても近いと思います。ただ、ウェルビーイングという視点がないまま学ぶと、「世界にはこういう出来事があった」という事実だけで終わってしまうかもしれません。しかし、その時代の人々が「どのように幸せだったのか」「どのような苦しみを抱えていたのか」を考えることで、歴史をより人間の問題として捉えられるようになります。
世界遺産とウェルビーイングを掛け合わせて学ぶことで、歴史や文化をより自分事として考えられ、人間の営みとして深く理解できるようになるのではないかと思います。例えば法隆寺であれば、単に「世界最古の木造建築」として理解して終わるのではなく、仏教を広める役割を果たした存在として見ることができます。まだ天台宗などが広まる前の時代に、仏教とはどのようなもので、聖徳太子がどのように人々を幸せにしようとしたのか。その象徴として法隆寺が存在しているわけです。そうした視点で考えると、世界遺産検定のテキストには書かれていないウェルビーイングの要素も見えてきます。法隆寺は単に建物が残っているというだけではなく、日本の仏教や神仏習合といった思想、日本文化の原点にもつながる存在です。
ぜひ世界遺産を学ぶ際には、その背景や人々の思い、生き方にまで踏み込んで考えてみてほしいと思います。
世界遺産も、単に調べて終わりではなく、自分ならどのように課題を解決するか、この時代の良さを現代にどう生かせるか、といった創造的な学びにつながると面白いでしょうね。
まず一つは人間のウェルビーイング、つまり幸せや不幸せと世界遺産がどのように関わっているのかを、深い視点で調べてほしいですね。例えば建築が好きな人なら法隆寺をテーマにするかもしれません。しかし建築そのものだけでなく、その建築によって人々がどのように仏教を学び、どのようにより良く生きようとしたのか。あるいは、人が快適に暮らす住まいとは何か。そうした視点はすべてウェルビーイングにつながっています。
もう一つは創造性です。世界遺産は過去の価値あるものを未来へ残そうとする取り組みです。だからこそ、「自分ならどんな世界遺産を未来に残したいか」「どんな世界をつくりたいか」といったテーマに発展させてほしいと思います。世界遺産を、遠い昔の人がつくった美しいものとして眺めるだけではなく、自分自身がそこから何を感じ、どんな未来を描くのかまで考えてみる。そうすれば、世界遺産との対話が生まれ、自分自身の未来づくりにもつながります。私はぜひ、世界遺産をウェルビーイングと創造性の両方につなげて考えてほしいと思います。
ぜひ、先ほどお話ししたように、ウェルビーイングや創造性といった視点を世界遺産の学びと結び付けて考えていただけると良いのではないかと思います。世界遺産という、華やかでワクワクするような、興味を持ちやすい題材を入り口にしながらも、その裏側にある人々の喜びや苦しみ、人間のウェルビーイングについても考えてみてほしいと思います。
また、世界遺産には、それを創り上げた人類の素晴らしい知恵と努力が詰まっています。例えば法隆寺を建てた時代には、トラクターもクレーン車もありませんでした。そのような中で、どうやってあれだけの建築物を造り上げたのか。どのような思いがあり、どのような工夫があったのか。ぜひ想像力を働かせながら学んでほしいですね。今の日本は少子高齢化が進み、「子どもが減って元気がない」と言われることもあります。しかし、私は決してそうは思いません。これからの日本の未来をつくっていくのは、まさに皆さんだからです。ぜひ、この世界遺産探究を通じて、世界遺産に負けないくらい素晴らしい未来や社会を自分たちの手でつくっていくんだ、という決意や志を新たにする機会にしていただければと思います。