ハリド・アル・アナーニ次期ユネスコ事務局長(c)Reem Akef_CC BY-SA 4.0
ちょうど3カ月前、ユネスコ本部の会議場でオードレ・アズレ事務局長が世界遺産委員会の開会のスピーチをされました。国際社会が多くの課題を抱えている現状を前に、多国間主義と国際協調の重要性や、世界遺産条約の理念の再認識を訴えるとても熱のこもったものでした。
そこでアズレ事務局長は、議長国であるブルガリア出身の思想家ジュリア・クリステヴァの言葉を引用してスピーチを締めくくります。
「私たちは一人ひとりは固有の存在であり、その固有の真実の中にこそ、人間性の本質がある。」
アズレ事務局長は、この言葉を世界遺産の固有の価値と結びつけているのですが、世界の多様性を守る世界遺産活動がいかに私たちにとって重要なのか考えさせるものでした。
このオードレ・アズレ事務局長の任期が今年の11月で切れるため、事務局長選挙が行われており、10月6日にパリのユネスコ本部で執行委員会の投票が行われて、次期ユネスコ事務局長にエジプトのハリド・アル・アナーニ氏が選出されました。アラブ地域では初の事務局長です。
報道によると、ユネスコ執行委員会58カ国のうち55票を獲得したとのことなので、前から有力な候補とは言われていましたが、圧勝ですね。
ユネスコの事務局長選挙は、原則として世界を6つに分けた地域ごとの公平性が重視されています。
1. 西欧・北米
2. 東欧
3. ラテンアメリカ・カリブ海
4. アジア・太平洋
5. アフリカ
6. アラブ
因みに国連では「6. アラブ」がなく、世界を5つの地域に分けています。しかし、それだと「アラブ」がアジアとアフリカで分かれてしまうため、ユネスコでは「アラブ」を1つの地域として独立させています。このユネスコの6つの地域のうち、これまでに「アラブ」からは1人も事務局長を輩出したことがなかったので、今回初めての「アラブ」地域出身の事務局長となりました。
松浦晃一郎さんが第8代ユネスコ事務局長に立候補された時、「アジア・太平洋」と「東欧」、「アラブ」から選ばれた事務局長はいませんでしたが、松浦さんが「アジア・太平洋」で選ばれ、第9代で「東欧」のブルガリアからイリーナ・ボコヴァさんが選ばれたので、前回の第10代の選挙の時は「アラブ」から選ばれる可能性がありました。しかし選挙の結果、フランスのオードレ・アズレさんが選ばれました。第8代の時も、第9代の時も、第10代の時も「アラブ」から立候補者が出ており、第10代の時はかなり接戦でしたが敗れていたため、今回は念願の事務局長誕生だったと思います。
今回のユネスコ執行委員会の結果が、11月に開催されるユネスコ総会で承認されて初めて、ハリド・アル・アナーニ氏が事務局長に就任されます。任期は第9代の時から1期4年となったので、2029年11月までの4年間となります。そこで再任されると、更に4年ということです。
ハリド・アル・アナーニ氏は、ギザ出身の54歳で、エジプトの観光・考古相を務められました。大エジプト博物館や国立エジプト文明博物館の建設や数々の遺跡の修復なども手掛けてこられたそうです。そしてフランスや日本から勲章も受章しています。
現在の世界とユネスコは、多くの難しい問題に直面しています。アメリカ合衆国のユネスコ脱退もありますし、エジプトが調停役を担うガザ地区へのイスラエル侵攻や、長引くウクライナへのロシア侵攻など、ユネスコは政治的な問題を扱う機関ではないとはいえ、政治的な問題と完全に切り離したユネスコの活動は難しいため、ハリド・アル・アナーニ事務局長の役割は非常に重く難しくなると思います。
各国が多国間主義や国際協調の重要性を再認識し、ユネスコの平和理念を実現していけるように、私たち各国の国民一人ひとりが意識して行動していかないといけないですね。
オードレ・アズレ事務局長、2期8年、本当にお疲れさまでした。
(2025.10.07)