■ 研究員ブログ220 ■ 彦根城の世界遺産としての価値はどこにあるのか

先日、世界遺産登録を目指す彦根城を訪問する機会がありました。9月にも訪問したのですが、その時は建物内には入らなかったので、今回は3時間かけてじっくりと見学してきました。彦根は実家からそれほど遠くないこともあり、子供のころから何度も訪れていますが、天守や西の丸三重櫓から琵琶湖を望む景色は本当に素敵だと、改めて感じました。

「彦根城」は、2023年に日本で初めてプレリミナリー・アセスメント(事前評価制度)を受け、2027年の世界遺産委員会での審議を目指して進んでいましたが、今年8月に文化庁文化審議会世界文化遺産部会で推薦の見送りが決定しました。

文化審議会の答申は、基本的にはプレリミナリー・アセスメントの評価書の内容に沿ったもので、登録基準(iii)を満たす可能性があるものの、「徳川期日本の大名統治システムの説明をより充実させる必要がある」ことと、「単独の資産で推薦するには説得力に課題が残る」ことが指摘されていました。細かく見るともっとありますが、大まかにいうとこの2点です。

1つ目の「徳川期日本の大名統治システムの説明をより充実させる必要がある」というのは、「徳川期の大名統治システム」というのが、そもそも少しわかりにくいということがあると思います。日本人でもこれをすっと説明できる人は少ないのではないでしょうか。

滋賀県の世界遺産登録推進室の鈴木さんによると、徳川期の大名統治システムの特徴は、中央集権と地方分権の合わさったシステムである点だそうです。

徳川幕府は一国一城令によって、大名の家臣たちが構えていた城や砦を整理し、大名の城下町に家臣団や領民の一部が集まって住む体制を作ります。かつては彦根だけでも約60もの城や砦があったものが、彦根城の城下町に集約されました。そして幕府は、武家諸法度や禁中並びに公家諸法度などの法度(法規のこと)を定めて、支配者層に幕府の統治理念を示し共有しました。

一方で大名は、その法度に従いながら領内の統治が任されます。この大名による統治は地方での分権統治に当たるものですが、法度で定められた幕府の意向に従って統治を行うため、幕府の統治が領民にまで行きわたることになりました。

そこでもう一つ重要なのが「合議体制」です。幕府においても諸大名においても、将軍や大名が強権的な政治を行うのではなく、幕府においては老中が、諸大名においては家老が合議をしながら統治を進める体制が整えられました。これが可能となったのは、譜代大名が江戸城周辺に屋敷を構えたことや、一国一城令によって重臣が城下町に集住したことです。

かなり省略して説明しましたが、「彦根城」ではこうした大名統治システムを示す建造物や考古学的遺構がよく残されていることが世界遺産としての価値になります。世界遺産は顕著な普遍的価値(OUV)を証明する不動産を守るものなので、「彦根城」に天守や石垣、堀、重臣屋敷、庭園、御殿、能舞台など、大名統治システムが集約された状態で残されている点が重要です。こうした構成物が、全体構造がわかる状態で残されている城郭は、日本で「彦根城」しかないため、この価値での世界遺産登録を目指しています。

そしてこれが、2つ目の「単独の資産で推薦するには説得力に課題が残る」という指摘にも関係してきます。「彦根城」以外でも大名統治の全体構成がわかる構成物が残っている城郭があれば、共同で申請するということもあるかもしれないし、複数の城郭がそれに当てはまれば大名統治の地域差や特性なども出せるかもしれませんが、先にも書いたように全体像が分かる城郭が「彦根城」しかないため、条件が異なりすぎて他の城郭と比較が難しいのです。

この2つ目の指摘については、「他の城郭と共同で推薦しなさい」という指摘ではなく、「なぜ一城だけでよいのかをしっかり説明しなさい」ということなので、構成物とOUVとの関連でしっかりと説明していくことになると思います。

ただ、こうした内容を、日本の歴史や文化、徳川幕府、大名などをほとんど知らない海外の人々に、論理構成も異なる英語とフランス語で説明しないといけないのです。日本語の「城」と英語の「castle」が完全一致する概念でない時点で、あまりの大変さに僕なんて気が遠くなってしまいます。

しかし、「彦根城」が世界遺産に登録されたら、世界の人々の日本への理解がまた一つ深まり、日本の輪郭がもう一段はっきりするでしょう。日本人は海外の人に「日本のことをもっと知って尊重してほしい!」と思うだけなく、知ってもらう努力をする必要があります。世界遺産登録はその手段となり得ます。日本の遺産の世界遺産登録は、日本にとってよいだけでなく、世界の人々にとっても世界の多様性の解像度が上がるよい機会となるのです。

「彦根城」に関しては、保護体制や保存状態の観点から城下町が外れて、中堀の内側が推薦範囲になったことや、大名統治システムに不可欠な大名と領民の関係を示す物証など、日本人の僕たちでももう少し説明してほしい! と思う点がありますので、今後の推薦書の内容を楽しみにしたいと思います。

彦根城の展示や説明についても思うところがありましたが、それはまた別の機会で。
彦根城の世界遺産登録を応援しています!

(2025.11.18)