■ 研究員ブログ224 ■ 『広島平和記念碑(原爆ドーム)』から『ゴレスタン宮殿』へ平和はつながるか

2026年は『広島平和記念碑(原爆ドーム)』が平和への活動を象徴する遺産として世界遺産に登録されてから30年目の節目に当たります。この一年は、「平和には積極的な努力が必要である」と再認識するものになりそうです。

2025年6月にアメリカとイスラエルがイランの核関連施設を攻撃した時、世界遺産委員会の直前だったこともありユネスコの対応を見ていましたが、その時は文化財に大きな影響がなかったこともあり、ユネスコも状況を見守っていたように感じました。政治的な問題は国連に任せ、文化的な活動で世界の協働を目指すユネスコの立場としては当然です。世界遺産委員会の場でも、イランとイスラエルがそれぞれを非難する発言をしたけれど、それ以上は広がらずそのまま次の議題に移ったと記憶しています。

それが2026年2月28日に突然始まった、アメリカとイスラエルによるイラン攻撃では、イランの世界遺産の『ゴレスタン宮殿』や『イスファハーンのイマーム広場』、『テル・アビーブの近代都市ホワイト・シティ』などに被害が出ており、ユネスコも懸念を表明し関係諸国へハーグ条約など国際条約の遵守を求めています。

被害を受けた遺産の中でも『ゴレスタン宮殿』の被害映像は衝撃的なものでした。

『ゴレスタン宮殿』は、18世紀末から1925年までイランを支配し近代化を進めたガージャール朝の繁栄を伝える建造物群です。今もテヘランに残る最も古い建築群のひとつで、17の建造物のうち城壁に囲まれた主要な8つの宮殿建築と庭園が世界遺産に登録されています。

ガージャール朝の時代は西欧列強が植民地拡大を目指していた時代で、イランもその中でロシアやイギリスなどと戦争を繰り返しながら近代化を目指した混乱の時代でした。『ゴレスタン宮殿』の多くの建造物の改築や新築を行った皇帝ナセル・アルディーンが、ヨーロッパを訪れた際に目にした建築様式や装飾などが宮殿内に取り入れられ、化粧漆喰やガラスなどのほかシャンデリアやステンドグラスなども多用された本当に豪華絢爛で美しい宮殿建築群です。

今回の攻撃では宮殿建築が直接標的にされたわけではありませんが、景観保護のために開発が制限されているエリアが攻撃され、その爆風と破片で宮殿も被害を受けました。

戦争になったら文化財でも被害に合うのは仕方がないと言う人もいるようですが、「戦争だから何をしてもよい」、「戦争の状況下では何があっても仕方がない」という前時代な考え方を改めるために、国際社会を生きる私たちは「武力紛争の際の文化財の保護に関する条約(ハーグ条約)」などの国際法を定め、戦争状況下でも一定のルールを守るようにしてきたはずです。

ハーグ条約が採択されたのは1954年ですが、今でも非常に重要な条約で、今回だけでなくこうした紛争が起こるたびに、ユネスコから遵守を求めるコメントが出されています。アメリカは2009年3月に、イスラエルも1957年10月に批准しています。いくらよい法を整えたとしても、それを尊重し守る気がなければまったく意味がありません。イランの現政権にも人権や核関連などさまざまな問題があるのでしょうが、他の国が国際法を無視して攻撃をしてよい理由にはならないと僕は思います。

フランスのマクロン大統領が、ここからの半世紀は核の時代になると演説し、核兵器増強に舵を切りました。『広島平和記念碑(原爆ドーム)』の記念すべき年に、恐ろしい方向に世界が進みつつあるようで怖く感じてしまいます。

戦争や紛争では軍事施設や軍人のみを対象とした攻撃は不可能で、文化財や学校などの文化施設だけでなく、一般の人々の生活や、もっと言えばそこで生きるさまざまな動植物にも大きな被害が出ます。第二次世界大戦後に私たちが積み上げてきた平和への礎が、簡単に崩されることがないように、「努力」を続けていきたいと思います。

(2025.03.12)