■研究員ブログ■【連載 世界遺産はどう決まる?】第1回 世界遺産誕生の背景①

 2026年7月、韓国の釜山で第48回世界遺産委員会が開催されます。そこで「飛鳥・藤原の宮都」が、2年ぶりの日本の世界遺産候補として審議される予定です。

 この連載では、世界遺産がどのように推薦されて、誰がどのように登録を決めるのか、実はあまり知られていない世界遺産が決まる瞬間までを実例を挙げながら紹介していきたいと思います。

 第1回は、世界遺産誕生の背景です。そもそも世界遺産はどのように誕生したのでしょうか。

世界遺産条約誕生のきっかけとは

 1972年の第17回ユネスコ総会で「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約(世界遺産条約)」が採択され、「世界遺産」が誕生します。実際に世界遺産条約が動き出したのは、20の締約国が条約を批准して発効した1975年のこと。さらに世界で最初の世界遺産12件が世界遺産リストに記載されたのは、そこから3年後の1978年のことでした。

 この世界遺産活動の基となる世界遺産条約には、誕生のきっかけが2つあります。ひとつはアメリカ合衆国のイエローストーンが世界で最初の国立公園になったこと。もうひとつはエジプト・アラブ共和国のヌビアの遺跡群がダム湖に沈みそうになったことです。これはどちらも「世界遺産」とすぐに結びつかない感じがしますよね。

イエローストーン国立公園誕生から100年

 イエローストーンが国立公園に制定されたのは、ユネスコで世界遺産条約が採択されるちょうど100年前の1872年のことです。これは偶然ではありません。イエローストーンが国立公園に制定された時代のアメリカは、南北戦争が終わって課題を残しつつも国民国家としてまとまり、国土的にも西部開拓が終わりつつありました。資源開発と工業国としての発展に力が入れられた一方で、加熱する観光開発や自然環境の破壊も問題になっていました。

 そうした状況を懸念した、自然学者や地質学者、歴史家、探検家などの中から自然保護を求める声が強くなます。そして、カリフォルニア州の州立公園として保護されていたヨセミテを参考にしながら、イエローストーン国立公園が合衆国初の国立公園として保護されることになりました。ヨセミテと異なり、「国立公園」という形を採ったのは、イエローストーンが複数の州にまたがっていたためです。

 そこから約100年が経った1965年、アメリカのワシントンで行われたホワイトハウス国際協力会議「自然遺産の保全と開発に関する委員会」で、文化遺産と自然遺産の両方を保護する「世界遺産トラスト」の構想が出されます。これは自然と文化の保護を分けてきた歴史的な欧米の考え方からすると画期的な構想でした。

 そして、1971年2月にアメリカ大統領のリチャード・ニクソンが、環境政策に関する国際的な取り組みに関する演説の中で、「イエローストーン国立公園」設立100周年に当たる1972年に「世界遺産トラスト」を設立することが望ましいと述べたことがきっかけとなって、国際的な体制づくりが一気に加速しました。大統領の発言でお尻が決まったので、現場は大慌てです。

難航したユネスコでの議論

 一方でユネスコも、諮問機関のイコモスなどと協力しながら、文化財を国際的に保護する枠組みをつくる条約案をまとめていました。この文化遺産に力を入れたユネスコ案と、比較的に自然遺産に重点が置かれていたアメリカの世界遺産トラスト案は、共通点も多かったことから、1972年のユネスコ総会でひとつの条約にまとめられることになりました。

 しかし、アメリカの世界遺産トラスト案が、全人類にとってかけがえのない価値をもつ優れた遺産をリスト化して保護することが目的だったのに対し、ユネスコ案は緊急で大規模な作業を含む国際的な援助が必要な遺産の保護のための体制づくりを目指すもので、遺産をリストアップする際の基本的な考え方が異なっていました。アメリカ案が「最高の遺産リスト」であったのに対し、ユネスコ案は「援助の要請リスト」とも呼べるものでした。

 また保護のための基金の拠出方法を任意とすべきとしたアメリカなどの先進国に対し、開発途上国は義務的な拠出にすべきであるとして意見が分かれます。加えて名称も、世界遺産トラストの「トラスト」に対応する語が、フランス語などのラテン語系の言語にはなかったこともネックとなり、ユネスコ総会での議論は難航しました。

 そうした議論をまとめ上げたのは、議長を務めた萩原徹日本政府代表でした。1972年のうちにどうしても条約をまとめ上げなければならないというタイムリミットもあったため、各国の協力の下で議論が進められ、1972年11月16日に「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約(世界遺産条約)」として採択されました。

 こうして「イエローストーン国立公園」の設立100周年の年に、世界遺産条約が誕生しました。

(次回に続く)