
第3回は、世界遺産リストに載る遺産は、どのような考え方に基づいて記載されているのか見ていきたいと思います。「世界遺産」と聞くと、世界の文化財や自然を優れた順にリストアップした「世界の宝物」のピラミッドの頂点にあるように感じる人も多いと思いますが、実際には、ほとんど知られていないような文化遺産や、観光客が訪れることもないような自然も記載されています。それはなぜなのでしょうか。
世界遺産がもつとされる価値は「顕著な普遍的価値(OUV:Outstanding Universal Value)」と呼ばれます。文化財や自然というのは、本来は各国や各文化、各自然環境の中で価値をもち保護されるものですが、それを「世界遺産」として全人類や地球規模の視点で価値をもつ保護の対象とするための根拠となるのがOUVと言えます。
しかし、このOUVについて、世界遺産条約の中で定義されていません。一方で、定期的に内容の見直しが行われる「世界遺産条約履行のための作業指針(作業指針)」の中では、「顕著な普遍的価値とは、国家の枠組みを超えて、人類全体にとって現在だけでなく将来世代にも共通した重要性をもつような、傑出した文化的な意義や自然的な価値」であると定義されています。
「世界遺産がもつ価値」というとても重要な概念が、見直し可能な形で、さまざまな解釈の余地を残す文言で定義されているのは、世界中のどの文化や歴史、自然環境にも当てはまる明文化された価値を示すことが難しいことを意味しています。
そもそも、この連載の第1回でも触れたように、世界遺産の誕生にはアメリカの案とユネスコの案の大きく2つの流れがありました。アメリカの案が、国家や文化を越えて知られている唯一無二の貴重な遺産を登録する「最高の遺産リスト」であったのに対し、ユネスコの案は国際的に援助が必要な貴重な遺産を登録する「援助の要請リスト」でした。
ユネスコの案がより現実的なリストであったのは、世界遺産条約誕生前にユネスコが取り組んできた「ヌビアの遺跡群救済キャンペーン」や、イタリアのヴェネツィアの水害からの復興支援事業、インドネシアのボロブドゥールの寺院群の救済事業などが関係しています。またアメリカの案の考え方が、何をもって最高の遺産とするのかという、文化の序列にもつながりかねない難しい問題を孕んでいたこともありました。
こうした2つの案をまとめていくうちに出てきたのがOUVという概念です。国家や文化を越えて重要となる「普遍的価値(Universal Value)」に、最高の遺産にもつながる「顕著な(Outstanding)」が加えられて「顕著な普遍的価値(OUV)」となりましたが、世界遺産条約の中ではOUVを定義しないことも確認されました。
実際に世界遺産リストを見ていくと、このOUVの揺らぎがそのまま反映されたような内容になっています。
観光地としても有名な『モン・サン・ミシェルとその湾』や、誰もが知るギザのピラミッドのある『メンフィスのピラミッド地帯』、学術的にも注目を集める『ガラパゴス諸島』など、誰もが認める最高の遺産といえるものが登録されている一方で、地震の被害に合い危機遺産リストに最初に登録されたモンテネグロの『コトルの文化歴史地域と自然』や、内戦の被害のために危機遺産リストに記載されたシリアの『古代都市パルミラ』のような危機に直面する遺産のほか、ナチス・ドイツによるホロコーストの現場であるポーランドの『アウシュヴィッツ・ビルケナウ:ナチス・ドイツの強制絶滅収容所(1940-1945)』や人種隔離政策アパルトヘイトに抵抗する政治犯などが収容された南アフリカの『ロベン島』など、人類が犯した過ちを伝える遺産も登録されています。
こうして見てみると、世界遺産が世界の文化財や自然を優れた順にリストアップした「世界の宝物」のピラミッドの頂点ではないことがわかってもらえると思います。
(次回に続く)