■ 研究員ブログ203 ■ 世界遺産に二重に登録するってどういうこと!?

この研究員ブログの動画版はこちらから

先日、世界遺産登録を目指している松本城を訪ねる機会がありました。松本とは縁があり、幼いころから何度も松本や松本城を訪れているのですが、何度行っても松本城はいいですね。本当に好きな城です。

松本城は世界遺産登録を目指しているのですが、姫路城がすでに近世の日本木造城郭の傑作として世界遺産登録されているため、姫路城とは異なるOUV(世界遺産としての価値)で推薦書を作る必要があり、さまざまな観点から検討をしているようです。美しい湧水の堀をもつ松本城は上高地と水でつながっており、北アルプスの自然も含んだ文化的景観のような価値も面白そうだなと今回思いました。第三者だから好き勝手言えるのですが。

世界遺産のOUVは、時代や地域、文化の型などのカテゴリーを代表するものになっています。そのOUVによって保護するための法律やその組み合わせが異なり、それによって世界遺産の登録の仕方も異なります。

近世木造城郭の傑作である「姫路城」は、天守が国宝、その周囲の内曲輪までが特別史跡に指定されており、その内曲輪の内側が世界遺産のプロパティ(登録エリア)となっています。これは「広島平和記念碑(原爆ドーム)」などと一緒で、個別の資産での登録です。

一方で、「古都京都の文化財」や「北海道・北東北の縄文遺跡群」などは、そうした個別の資産が複数集まって1つのOUVを示すシリアル・サイトで、個々の資産はそれぞればらばらに保護されています。それが「ル・コルビュジエの建築作品」のように国外にまで広がっているとトランスバウンダリー・サイトになります。

「日光の社寺」などはまたこれと異なります。二社一寺が中心となり、東照宮の陽明門などの国宝や重文が個別に保護されているのですが、その周囲の自然環境が自然公園法で保護されているため、「日光の社寺」はエリアで登録されている遺産になります。京都の場合、構成資産の清水寺から慈照寺まで歩いている間は世界遺産ではないのですが、エリアで登録されている日光では、東照宮から輪王寺まで歩いている間も世界遺産ということになります。

これらの登録の仕方は、登録範囲の拡大などによって変わることもあります。

例えばフランスの「ロワール渓谷」の場合。現在は130以上の城館があるロワール川沿いがエリアで登録されていますが、もともとは「シャンボール城」が単体で登録されていました。それも登録基準(i)のみで。それが文化的景観の価値でシャンボール城も含むエリアに拡大され、登録基準(ii)(iv)が追加されました。

また「カナディアン・ロッキー山脈国立公園群」も現在はエリアで登録されていますが、ここにはもともと1980年に個別の資産として登録された「バージェス頁岩」がありました。1984年に「カナディアン・ロッキー山脈国立公園群」を登録する際、その価値の中に「バージェス頁岩」と重なるものがあるため、「バージェス頁岩」を「カナディアン・ロッキー山脈国立公園群」に組み込むこととなり、個別の資産としての「バージェス頁岩」はリストから抹消されました。この辺りが「ロワール渓谷」とちょっと違います。

このようにOUVと、保護の法律の組み合わせによって、個別に登録なのかエリアなのかシリアルなのか異なってきます。

松本城を世界遺産にする方法の1つとしては、「姫路城」や彦根城などと一緒に近世日本の木造城郭としてシリアルで登録する方法だと思いますが、シャンボール城のように「姫路城」の名前が出なくなるのであれば「姫路城」を組み込むのは難しいかもしれません。すでに世界遺産として保護されている「姫路城」にとってのメリットがないからです。また彦根城も個別で動いていますし。

他にはどんな方法が考えられるかというと、僕が夢想したように個別で自然環境も含めた文化的景観のような「姫路城」とは全く異なるOUVにするか、もしくは二重登録という方法です。二重登録とは何かというと、個別の資産を異なるOUVをもつ複数の世界遺産の構成資産として登録するものです。

例えばフランスのモン・サン・ミシェルは、「モン・サン・ミシェルとその湾」として1979年に個別で世界遺産登録されていますが、1998年に「フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」の構成資産にも含まれました。この2つの世界遺産のOUVは異なるため、モン・サン・ミシェルのプロパティの範囲もそれぞれ異なっています。「モン・サン・ミシェルとその湾」では周囲の干潟までがプロパティに含まれている一方、「フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」では島の部分だけがプロパティになっています。

つまり、「姫路城」とは別の世界遺産として、姫路城を含む天守群で世界遺産登録を目指すことが可能であるということです。こうした例は特別珍しいものではなく、2024年に登録された「北京の中軸線:中国首都の理想的秩序を示す建造物群」に含まれる北京の故宮は、1987年に「北京と瀋陽の故宮」としても登録されています。また先述の「フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」には、1979年登録の「ヴェズレーの教会と丘」のサント・マドレーヌ教会や1981年登録の「アミアン大聖堂」なども別の遺産として含んでいます。これは可能性を感じますよね。

しかしその場合も、個別の世界遺産である「姫路城」とは異なるOUVを、姫路城を含む天守群で示す必要があり、国宝指定の木造天守群として目指していくとしたらハードルは低くないと思います。日本の近世の木造城郭を、建築技法や様式、縄張などで区別していくのは簡単ではないからです。でも、日本各地にはさまざまな気候風土や文化があり、城がそうした地域のシンボル的な存在である点で個別の価値を出すことは可能ではないかと思っています。また近年では地域のコミュニティが重視されていることもあり、地域コミュニティとの精神的なつながりなども「姫路城」が登録されたころにはなかった価値です。

世界遺産登録を目指す地域では、それぞれOUVをどこにもっていくのか大変苦労されていると思います。こうして時間をかけて価値をまとめ保護の体制を整えて世界遺産になるのだと思うと、登録や保護に携わる方全員に本当に頭が下がります。皆さんも世界遺産のOUVがどこにあるのか、どのような保護がなされているのかに関心を持ち、ぜひそこに関わっていってください。皆さんの関わりも含めて世界遺産活動ですから。

(2024.11.28)

【動画版】