第66回世界遺産検定の申し込みが開始されました。今回のメインビジュアルは2025年に登録されたばかりの『バイエルン王ルートヴィヒ2世の宮殿群:ノイシュヴァンシュタイン城、リンダーホーフ城、シャッヘン城、ヘレンキームゼー城』の「ノイシュヴァンシュタイン城」です。1864年から1886年にかけての在位期間中にルートヴィヒ2世が築いた、ドイツ・バイエルン州の高山地帯に位置する4つの宮殿が、シリアル・サイトとして登録されました。

バイエルン王ルートヴィヒ2世は若い頃から作曲家リヒャルト・ワーグナーのオペラに魅了され、1864年に第4代バイエルン王に即位すると、国費を使ってワーグナーを援助します。ワーグナーが自分の作品の上演を目的として計画した「バイロイト祝祭劇場」も、ルートヴィヒ2世の支援で築かれます。
王家の血筋に生まれながら、音楽や戯曲、建築などの芸術を愛好し、数々のロマンあふれる城を建てたルートヴィヒ2世、40歳の若さにして亡くなります。死の直前には精神病と診断され、郊外の城に幽閉され、その直後に近くの湖で謎の死を遂げました。その数奇な人生は数々の映画や小説、ミュージカル作品の題材にもなっています。

構成資産を見ていきましょう。「リンダーホーフ城」はルートヴィヒ2世が唯一完成を見ることができた宮殿です。その設計は、ロココ様式などを参考にしています。宮殿前には、金色の女神と天使の像が置かれた噴水池があります。こちらの噴水は30メートルの高さまで水を噴き上げます。宮殿の背後にある人工の鍾乳洞「ヴィーナスの洞窟」は、カプリ島の「青の洞窟」と、ワーグナーの1845年のオペラ『タンホイザー』の舞台装置から着想を得たものです。

「シャッヘン城」は1869年から1872年にかけて建設された山岳離宮です。外観を見ると素朴な木造建築で、「宮殿」というより「山小屋」という方がしっくりくるかもしれません。1階も簡素な山小屋風のつくりです。しかし、2階は18世紀後半にオスマン帝国のスルタン・セリム3世が築いた宮殿をモデルにしたと伝えられている豪華な「トルコの間」が設けられています。のどかな山小屋風の雰囲気ががらりと変わるその“差”に驚きます。

「ヘレンキームゼー城」はルイ14世、ルイ15世時代のヴェルサイユ宮殿をモデルとしています。同じように「鏡の間」が築かれていたり、庭の噴水にはヴェルサイユとそっくりなネプチューンの像があります。本家のヴェルサイユと同等、もしくはそれ以上に豪華絢爛なつくりで、ルートヴィヒ2世にとって最大かつ最も費用のかかった事業でした。

白い外壁と尖塔が印象的な「ノイシュヴァンシュタイン城」は、ルートヴィヒ2世が残した建築の中でも、とくによく知られています。その理由は、ディズニーランドの城のモデルとなったからでしょう。東京ディズニーランドのシンデレラ城に関しては、モデルとなった城は諸説あるようですが、1955年に世界で最初に開業したカリフォルニアのディズニーランドの眠れる森の美女の城は、公式ホームページに「バイエルン州のノイシュヴァンシュタイン城にインスピレーションを得て作られた」と出ています。

ディズニーランドの城のモデルとなり、世界的に有名になった「ノイシュヴァンシュタイン城」ですが、ルートヴィヒ2世の命を受けてデザインしたのは、クリスチャン・ヤンクという人物でした。彼はもともと舞台装置や美術を手がける画家でした。ワーグナーのオペラ『ローエングリン』の背景画なども手掛けていた関係で、ルートヴィヒ2世の目にとまり、「ノイシュヴァンシュタイン城」のデザインを任されることになりました。

そして、ルートヴィヒ2世はヤンクにもう1つ城をデザインするように命じていました。それが「ファルケンシュタイン城」です。「ファルケンシュタイン城」は、ドイツのプフロンテンにある中世盛期の城跡で、標高1,268mというドイツで最も高い場所にある城跡です。ルートヴィヒ2世はここにも城を築くことを計画し、1883年にヤンクにスケッチを描かせました。

「ファルケンシュタイン城」は建設場所までの道が建設されたましたが、資金不足のためそれ以上建設計画は進みませんでした。1886年にルートヴィヒ2世が亡くなると、建設計画は中止されました。もし「ファルケンシュタイン城」が完成していたら、ルートヴィヒ2世の宮殿の1つとして、世界遺産に登録されていたかもしれません。歴史に「もしも」はありませんが、空想してみると面白いかもしれません。
バイエルン王ルートヴィヒ2世の宮殿群:ノイシュヴァンシュタイン城、リンダーホーフ城、シャッヘン城、ヘレンキームゼー城
登録基準:(iv)
登録年:2025年登録
登録区分:文化遺産