世界遺産関連で最も盛り上がる世界遺産委員会が、7月31日に閉幕しました。今回は3年ぶりに日本からも新しい世界遺産が誕生するかもしれないということで、注目していた方も多かったのではないでしょうか。
今回の第46回世界遺産委員会は、インドのニューデリーで7月21日から31日まで開催され、新たに24件の世界遺産が誕生しました。これで世界遺産リストに記載されている遺産数は1,223件になります。「アッピア街道」や「ネルソン・マンデラ」、「ブランクーシ」など、多くの人が聞いたことのある固有名詞を含む遺産が登録された中でも、注目すべきはやはり『佐渡島(さど)の金山』の登録です。
◆ あっさりと登録された『佐渡島の金山』
『佐渡島の金山』は、ICOMOSから「情報照会」勧告が出されていただけでなく、韓国との間に強制労働に関する問題があるなど、本会議でも紛糾するのではないかと少し心配していました。実際、ウクライナの危機遺産に関する審議では、ロシアによる加害を文言として決議に含むかどうかで紛糾して合意できず、投票にまでなってしまっていました。
当日の審議順も後回しに変更になり(現場では案内があったのだと思いますが、Web視聴ではわかりませんでした)、同じく後回しになった2015年の「明治日本の産業革命遺産」の時と同じような気配もありましたが、韓国との間に合意ができているという直前の報道の通り、大きな議論もなくブルガリアが提出した登録決議を求める修正案に16ヵ国(*1)が賛成し、あっさりと登録が決議されました。
ICOMOSからの修正項目について世界遺産委員会開催前には対応ができていたこと、韓国政府との間でしっかりと話し合いができていたこと、朝鮮半島出身者が過酷な労働を行っていたことを示す展示の一部がすでに出されていることなどがあり、「情報照会」勧告からの1段階アップの決議につながりました。
かつての「佐渡島の金山」での労働は過酷であり、中でも朝鮮半島出身者がより危険な労働に従事していたことや、今回の遺産価値(OUV)には含まれない国家総動員法の下での労働環境などにも踏み込んだ歴史背景について、登録決議後に日本政府代表がコメントし、それを受けて韓国政府代表が、朝鮮半島出身者が危険な労働に動員されたことや全ての歴史には「正の面と負の面」があること、日韓両国の未来志向の関係性を目指し今後も展示内容で連携していくことなどのコメントをしました。
◆ 『佐渡島の金山』の価値
『佐渡島の金山』は、世界で機械を使った採掘が導入され始めた17世紀初頭から19世紀半ばに、「西三川砂金山」と「相川鶴子金銀山」において手作業による独自の採鉱と精錬が続けられた点が他に類をみないものとして評価されました。登録基準(iii)と(iv)で推薦されましたが、決議では登録基準(iv)のみが認められました。登録基準(iv)は「建築技術・科学技術」を評価するものです。
佐渡島で採れる金によって17世紀の日本が世界最大級の金の生産地となったとの記述もありますが、この遺産の価値はそこではありません。「西三川砂金山」と「相川鶴子金銀山」では、鉱床の入り方が異なっており、それぞれの鉱山において異なる最適化された技術で採掘と精錬を行ったという鉱山関連技術が、世界遺産の価値として評価されました。
鉱床が山に対して横向きに入っている「堆積砂金鉱床」の西三川砂金山では、山を削って水の勢いで採掘する「大流し」という手法が採られ、鉱床が山に対して縦に入っている「鉱脈鉱床」の相川鶴子金銀山では露頭掘りや坑道掘りが行われ排水坑道なども整備されました。相川鶴子金銀山にある「道遊の割戸」を見ていると、鉱床をよく研究して自然の山を変形させてしまう程の人間の執念のようなものすら感じます。
江戸幕府を支えた「佐渡島の金山」で過酷な労働が行われていたことは史料が残されており、世界遺産がどうこう以前から展示説明がされていますし、学校でも学びます。世界遺産というと、その遺産の「光が当たる面」ばかりが強調され、美化されすぎているように感じることもありますが、光の面と影の面があって初めて遺産のことが立体的に見えてきますので、ぜひその両面に注目していただきたいなと思います。
今回の『佐渡島の金山』の登録は、「明治日本の産業革命遺産」の時とは日本国内の政治状況や体制、日韓関係などが異なっていますが、日韓両国が共に歩み寄りを見せて登録につながったことはとても素晴らしかったと思いました。
(*1)ブルガリア、ジャマイカ、ベルギー、カザフスタン、カタール、イタリア、ヴェトナム、ザンビア、セネガル、ケニア、ギリシャ、インド、ウクライナ、ルワンダ、メキシコ、セントヴィンセント・アンド・グレナディーン
(2024.08.02)
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