2019年11月『アンコールの遺跡群』

2019年11月 今月の世界遺産『アンコール遺跡群』

アンコール遺跡を救え! 日本政府事業25年の歩み


 今月とりあげる世界遺産は、第39回検定のメインビジュアルにもなっているカンボジアの『アンコールの遺跡群』です。「アンコール・ワット」や「アンコール・トム」でおなじみの、9~15世紀にかけて東南アジアに巨大帝国を築いたアンコール朝の都市遺跡です。毎年200万人もの観光客が訪れ、400㎢にわたる広大な地域に600を超える石造りの遺跡が残っています。
 2019年度の世界遺産検定では「日本も支える世界遺産」というテーマで、日本が保全・修復に関わった世界遺産をメインビジュアルに選んできました。『アンコールの遺跡群』はこのテーマに最もふさわしい遺産といえるかもしれません。「ユネスコ文化遺産保存日本信託基金」という、世界遺産を保存していくための日本政府の基金を使った最初の案件がアンコール遺跡の救済事業でした。この救済事業は現在にいたるまで続いており、2019年11月にちょうど25年目の節目を迎えます。
 今回はこのJSA日本政府アンコール遺跡救済事業の団長を務める中川武氏(早稲田大学名誉教授)に、これまで25年の歩みについてお話を伺いました。

JSA日本政府アンコール遺跡救済事業の団長を務める中川武氏
— 日本政府アンコール救済事業はどのような経緯ではじまったのでしょうか?
中川氏
 1992年の9月に外務省の文化交流部長から「すぐに来て欲しい」と電話がかかってきました。内戦が終わりつつあったカンボジアで、国際協力による社会復興事業としてアンコール遺跡の修復を行いたいということでした。ユネスコの日本信託基金が20数億円あったのでこれを使って大々的にやりたいということでした。僕はその頃スリランカの調査をしていたけれど、カンボジアにはまだ行ったことはありませんでした。アンコール遺跡が素晴らしいものだということは知っていましたが、当時日本からカンボジアへの直通便はまだなくて、入るまでに1週間もかかるような場所だったからです。「行ったことがない」と外務省の人に伝えると「すぐに行ってくれ」と言われて、もう次の週にはカンボジアに行ってました。公用パス出してもらって、外務省の人と二人で。当時はPKOで派遣された民間警察の方が亡くなるなど、大変な時でした。

1970年から90年初頭まで続いたカンボジア内戦 国民の3分の1が命を落としたとも言われる

アンコールの遺跡群も内戦で大きな被害を受けた(写真はアンコールワットに残る弾痕)

アンコールの遺跡群は1992年に世界遺産登録されると同時に危機遺産に登録された
— アンコール遺跡救済事業で苦労した点は
中川氏
 アンコール遺跡の救済事業は「アンコール遺跡国際調整会議」として日仏共同議長のもと、当時プノンペンに大使館を置いていた中国やインドなど30カ国が参加してはじまりました。やっぱりカンボジアだから旧宗主国のフランスと協力しなければならないということでした。事務局はユネスコが務めました。

 フランスやユネスコは「日本に石造の文化遺産の修復はできるのか?」と言ってました。日本の文化遺産はほとんど木造でしたから。でも文化遺産の保存・修復において大事なことは、木造であるか石造であるかというよりも、きちんと科学的な調査をして、伝統的な技術を活かして修復することだと僕は考えていました。科学的な調査で劣化・崩壊要因を解明して、修復は出来る限り伝統技術を活用してやっていく、それが木造であろうと石造であろうと文化財の保存・修復において重要なことです。

 また、調査をしたら修復前の報告書を出す、修復のプロセスのデータを出して終わったらまた報告書を出す、これが絶対に必要です。ところがこれをどこの国もやってくれませんでした。議長国のフランスでさえやってくれないのです。やっぱり30カ国も関係していると、プレステージ(国の威信)のためにやっているところも沢山あります。何のためにやっているんだろうと国もありました。日本は公共の修復事業においては報告書を出さないと予算がつけてもらえないからしっかりやります。このシステムは素晴らしいですよ。修復っていうのは一度やってしまうと後の人は内容が全くわからないものですから。

現地で修復を進める中川氏

伝統的な技術で修復することの大切さ


— 遺跡の保存・修復をおこなう上で気をつけたことはありますか?
中川氏
 他の国はコンクリートを使ってアンコール遺跡の修復をおこなっていました。フランスも自国ではけっして使わないはずなのに使っていました。伝統的な技術で修復するのにたいして、コンクリートでは10分の1の費用で済みますので、予算の問題でそうしていたのかもしれません。でも安くて頑丈にできるかもしれませんが、僕はコンクリートを使った修復は絶対にやりたくありませんでした。伝統的な技術、オーセンティシティ(真正性)、これだけは死守しようと思ってこれまでやってきました。

 カンボジアの伝統的な技術というのは、カンボジアの環境や地質や水脈の構造、風土の中から出てきているものです。アンコール遺跡に使われている伝統的な技術では、雨季に水が入った後で、自然に蒸発する仕組みになっています。僕はこれを「自然調和思想」と呼んでいます。コンクリートで保存・修復をしてしまうと、伝統的な技術の根底にあった「自然調和思想」が失われてしまいます。だからカンボジアでは伝統技術を保存するというのが重要です。地球環境にたいする重要性を本当に理解していたら、アンコール遺跡を伝統的な技術で保存しなければならないということは理解できるはずです。そういう価値感の上にできている最良のものですから。

伝統的な技術を使って日本チームの修復は進められた

各国の修復支援の結果、2004年に『アンコール遺跡群』は危機遺産から脱した
— アンコール遺跡の魅力とは何でしょうか?
中川氏
 アンコール・ワットはとても素晴らしいし重要だと思いますが、個人的にはカンボジアが生み出した本当の世界遺産はバイヨン(※1アンコール・トムの中心となる仏教寺院)だと思います。アンコール・ワットは規模が壮大で明るい、インドにはないものがあるのは事実です。それでもやはりインド的なものです。しかし、バイヨンはどうしてああいうものができたか不思議です。庶民の生活をああいう重要な場所に描く(※2バイヨンの回廊には当時の一般民衆の生活を描いた浮彫りがある)ということは、インド的な流れでは考えられないわけですよ。あれはカンボジアにある固有の創造力によってできたものです。
 あと、すごく重々しいのに解放感をもっているというのが、アンコール遺跡の重要なところだと思います。そういう要素がカンボジアにあるってことが、カンボジアのこれからをつくっていく上でとても重要です。

アンコール・トムの中央寺院バイヨン

民衆の生活を描いたバイヨンの回廊の浮彫り

(インタビュー 世界遺産検定事務局 大澤暁)

『アンコールの遺跡群』に関する検定の問題はコチラ

アンコールの遺跡群(カンボジア王国)
登録基準:(i) (ii) (iii) (iv)
登録年:1992年登録
登録区分:文化遺産

日本国によるアンコール遺跡救済事業25周年を記念してシンポジウムが開催されます

「JSA 日本政府アンコール遺跡救済事業 25 周年記念シンポジウム」
・早稲田大学西早稲田キャンパス
 2019年12月21日(土)
>詳細はこちら http://www.lah-waseda.jp/news/post/296.html


今月の遺産検定「アンコールの遺跡群」 今月の遺産検定「アンコールの遺跡群」


例題

Q1. 『アンコールの遺跡群』に含まれるアンコール・ワットは何の寺院でしょうか。
    (3級レベル)
  1. ヒンドゥー教
  2. 仏教
  3. ユダヤ教
  4. ゾロアスター教
Q2. 『アンコールの遺跡群』に含まれるアンコール・トムの中心となる仏教寺院は何でしょうか。
    (2級レベル)
  1. プリア・コー
  2. バイヨン
  3. マハーボディ寺院
  4. プレア・ビヒア寺院
Q3. バンテアイ・スレイから女神像を盗み出そうとしたフランスの作家は誰でしょうか。
    (1級レベル)
  1. マルセル・プルースト
  2. ジャン=ポール・サルトル
  3. アルベール・カミュ
  4. アンドレ・マルロー

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回の更新予定:12月16日を予定してます。