第7回 東儀 秀樹さん 雅楽師
伝承文化である雅楽の奏者にして国際人。2人の「東儀秀樹」が重なりあう「世界遺産コンサート」
―― 世界遺産を舞台に日本と開催地を代表するアーティストたちが競演する「世界遺産コンサート」に、第1回(ウズベキスタン・サマルカンド)から参加されている東儀秀樹さん。まずは、世界遺産に深い関わりをもつようになったきっかけを教えてください。
僕は、「世界遺産コンサート」が開催される以前より、アンコールワット(カンボジア)、アッシジ(イタリア)、暁の寺院(タイ)などを舞台に演奏をしているので、世界遺産とはかなり前から関わっています。
僕の音楽活動の礎となっている雅楽は、中国大陸から日本に伝わって千年以上の伝統を持つ音楽です。当時のままのものとしては日本にしか残されていないことから、2009年に「無形遺産」に登録されました。「カタチのない遺産」と、「カタチのある遺産」が出会うことで、どちらもかけがえのないものであるというメッセージを伝えることができるんじゃないかとごく自然に思い、世界遺産を舞台に演奏を するようになりました。
また僕は海外に住んでいたときの経験から、まだ日本人に知られていないような素晴らしいものが世界にたくさんあることを知っています。多くの方にコンサートに参加してもらってその素晴らしさに触れてほしいという思いもあるんです。
そういった意味で、「世界遺産コンサート」は伝統的な雅楽に関わる人間としての僕と、国際的な背景をもつ僕とが重なりあう場所だといえるでしょうね。
―― 世界遺産でコンサートをされることの魅力とは?
世界遺産は、現代の人間がいくら工夫しても演出できない素晴らしい力を持っていると感じます。すぐに思い浮かぶのは2003年にカンボジアの世界遺産「アンコールワット」で演奏した時です。天候はあいにくの雨でしたが、僕の演奏が始まったときに雨が一瞬あがり背景に稲妻が光ったんです。まさに奇跡のような演出です。建造物ももちろんですが、その場の空気や自然現象が、「場」の力を作り上げている。そういう力さえも感じてしまうのも、世界遺産なのでしょうね。
世界遺産を舞台にコンサートできることに誉れを感じると同時に、雅楽の素晴らしさも再認識させてもらっています。よく僕の演奏を聞いた外国人から、「なぜか懐かしい気がした」という感想をいただきますが、考えてみると雅楽は、洋の東西を結んだシルクロードを伝わってきたもの。東洋的であると同時に西洋的でもあり、グローバルな魅力を持っている。もっといえば、人間がさまざまな文化を「東洋的」「西洋的」とカテゴライズする以前に生まれたものであり、人間の魂そのものを揺れ動かす力を持っているのです。だから場所も時空も越えられる。その普遍性は、世界遺産に通じると思います。
国際交流の根本にあるのは、「世界を知りたい」という好奇心。その好奇心の「入り口」としての世界遺産検定
―― フランスやタイの親善大使に任命されるなど国際的な舞台で活躍されていらっしゃいますが、世界遺産検定の勉強を通じて、世界遺産を理解することの意味についてはどうお考えですか?
少年時代をすごしたメキシコで、自分が思った以上に日本のことが理解されていないことを肌身で感じて育ちました。今でも記憶に残っていますが、現地の友人から「日本人って中国大陸のどこなの?」と言われたことがあります。(笑)だから僕は「日本のことを理解してほしい、伝えたい」という気持ちが人一倍強いのです。
自分のことを「理解してほしい」という思いは、「相手のことの理解する」という思いに通じます。だから僕は世界のいろいろなことを、自分の身体で感じ取り理解したいと思い、発露できる場を開拓してきました。でも情報が溢れる今日、「世界を知りたい」という好奇心は持っているけれど、どこから手をつけていいのか、どこにその好奇心を向けたらいいかよくわからないという方も多い。そういう方にとって世界遺産検定の勉強は、とてもいい「入り口」になると思います。世界遺産検定に取り組むことによって、世界を知り国際交流の一歩を踏み出すことができるのではないでしょうか。
―― 世界遺産検定は、「世界を知る」ための「入り口」になるということですが、その先にある楽しみとは?
世界遺産検定の内容を拝見したところ、さまざまな地域の、さまざまな背景を持つ遺産に範囲が及んでますよね。この多様性が魅力ではないでしょうか。僕は日本以外の場所で育ったことで、海外と日本を比較できる環境を経験することができました。比較するからこそ、見えてくるものはたくさんあります。また、勉強しているうちに、何か自分の心にひっかかる部分があるはずです。そこへ実際に訪ねてみるのもいいし、もっと調べてみるのもいい。自分の感性に従って行動することで驚きや発見に出会え、新たな世界を知ることができると思います。
世界遺産を学ぶ、知ることは、「心」を育てることでもある。だからこそ、楽しんで学んでほしい
―― 世界遺産検定では、世界遺産の保護についても学ぶことができます。保護について、どのようなお考えをお持ちですか?
「保護」というと、「守ってやる」という上からの目線を感じますが、世界遺産に触れたり学んだりすることは、実は私たちの「心」を育ててもらっているのです。世界が多様性に満ちていること、その多様性を認め合う大らかさや思いやり、先人の知恵の偉大さ、そうしたものを尊敬し、尊重する心……。すべて世界遺産が教えてくれるのです。
―― 世界遺産に関わる東儀さんの今後の活動と、世界遺産検定に関心を抱いている方へのメッセージをお願いします。
世界遺産を舞台にした演奏を通して、もっと多くの方に歴史のロマンに触れていただきたいですね。「過去を思う」ということが「未来を思う」という、想像力にもつながると思うから。
また僕は2009年に始まったユネスコの「未来遺産運動」と提携した、クラシックカーの「ラリーニッポン」に今年も参加します。「ラリーニッポン」は日本内外からラリー参加車を募集し、東京から岐阜、奈良を経て京都まで約1000kmを走り、世界遺産やプロジェクト未来遺産登録地などを巡る文化イベントです。文化と文明のコラボレーションといえる、これまでにない新しい切り口で地域の遺産を未来に伝えていくための企画です。今から楽しみにしています。世界遺産検定に挑戦しようという方も、まずは楽しんでいただきたいと思います。面白がって、楽しんで学ぶことで、新たな気づき、発見に出会えるのではないでしょうか。
プロフィール
東儀 秀樹(とうぎ ひでき)さん