■ 研究員ブログ165 ■ 感染症が生み出した世界遺産!?

空気が柔らかくなり満開の桜が咲き誇る季節になりましたが、今年は心躍る季節とは程遠いところにいます。今年、新入生や新社会人になる人、人生の次なるステップに踏み出す人などは、辛いことや寂しく感じることもあると思いますが、わくわくする気持ちや幸せを感じる瞬間を大切にしてくださいね。100%辛いことしかない場面はきっとほとんどなくて、辛い中にも光が差すところはあるはずです。どんなところにも必ず光と影がありますから、光の方を大事にするというか。

例えば、『古都奈良の文化財』の東大寺にある盧舎那仏(大仏)の建立は、「動植咸く栄えんことを欲す」という詔の言葉にあるように、聖武天皇が人間だけでなく動物や植物も共に栄えることを願い、仏教の理想の世界を人々に浸透させようとするものでした。天皇が一方的に与えるのではなく、人々の願いの集大成としての大仏とするために、当時の人口の約半数に当たる人が私財や労力を捧げて協力しました。

これは、「天下の富を有つは朕なり。天下の勢いを有つは朕なり。この富と勢いとを以てこの尊き像を造らむ。事成り易く、心至り難し。」との詔に人々が従ったためです。天皇から「天下の富と勢力を持つ天皇が命じれば、大仏を造るのは簡単だけれど、それでは心がこもっていない。一枝の草でも一握りの土でもよいので大仏作りに協力してほしい」と言われれば、そりゃ従いますよね。

聖武天皇が東大寺と盧舎那仏(大仏)を建立した背景には、その直前に日本で大流行した天然痘の影響があります。735年から737年にかけて大流行した天然痘により、当時の人口の4分の1以上の人が命を落としました。その中には一般の農民から国政を担う貴族まで含まれていました。聖武天皇は天然痘の大流行により荒れ果てた国土を回復させ、社会を安定させるために開墾地の私有を認める墾田永年私財法を出し、国(地域)ごとに国分寺と国分尼寺の建立を進めました。そうした中、盧舎那仏(大仏)の建立に人々が協力することで、天然痘によって疲弊しきっていた社会が立ち直る精神的な拠り所になりました。

しかし、私財や労力を盧舎那仏(大仏)建立に捧げたことで、天然痘の被害から立ち直っていなかった農民たちは貧しさを増し、税が納められず税制が崩壊することで国費も傾くことになりました。農民たちに開墾意欲を出してもらう墾田永年私財法も、その後の荘園を生み出すきっかけとなり、良い面も悪い面もあります。

天然痘という感染症の流行が、約1,200年後の世界遺産を生み出し、社会制度すらも大きく変えるきっかけになったわけですが、世界遺産の視点から言えば天然痘流行後の聖武天皇の行いは光の面と言えるものの、その裏には影の部分もあるのですね。

同じようなことはキリスト教の拡大にも言えます。キリスト教徒(ヨーロッパ人)が世界各地を訪れたことで天然痘などの感染症が世界的に広がり、南米でインカ帝国が滅ぶ原因の1つになるなど世界規模の勢力転換を引き起こすことにもなったのですが、一方で、キリスト教徒が感染者を献身的にケアし、死者の埋葬などを丁寧に行ったため、感染の拡大は抑えられ、キリスト教徒への評価も高まって信者が急増しました。ちょっと色々な時代と地域の話が混ざっていて恐縮ですが。

世界遺産から見ると、光の面だけでなく影の面にも思いを至らせることが大事だという話になりますが、現在のように影の面ばかりが目に入る状況では、逆に光の面も意識することができたらよいなと思います。

あれよあれよという間に、パンデミックを引き起こしている新型コロナウイルスですが、収束後はどのような世界になっているのでしょうか。少しでも光が射す方に進んでいきたいですね。そのためには、マスク2枚よりも何よりも、まずはしっかり手を洗うことですよ、ほんとに。

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(2020.04.03)