■ 研究員ブログ167 ■ アヤ・ソフィアは世界遺産であり続けるか⁉

僕がフランスに留学していた時、パリで大きなデモ行進に出会いました。フランスでよく見かけたのどかなデモ行進ではなく、近寄るのがちょっと怖いような行進でした。彼らが主張していたのが「トルコのEU加盟反対」です。当時、ヨーロッパ諸国がトルコのEU加盟に反対した理由には人権問題などもありますが、EUをキリスト教的な価値観を持つ国の共同体と位置づけて、異文化を排除しようとする側面も強くありました。

僕にとっても、高校の世界史などで第二次世界大戦後にケマル・アタテュルクが政教分離を推し進めたことを習っていましたが、オスマントルコ帝国のイメージが強く、トルコといえばイスラム教の国でした。「ヨーロッパ」連合(EU)とはちょっと違うんじゃない?という、デモ行進をしていたフランス人たちの持っているイメージと同じようなものでした。明らかに認識不足だったのです。

あれから15年ほどが経ちましたが、いまだにトルコはEUに加盟できていません。EUから出された数々の課題に対応しても加盟できない状況に、トルコの人々からは疲れや諦めの声も聞かれます。今回のアヤ・ソフィアのモスク化の背景には、そんな政教分離の世俗主義に対する反動もあるのだと思います。

トルコの最高行政裁判所がアヤ・ソフィアの無宗教の博物館という地位を無効にしたことを受けて、エルドアン大統領はアヤ・ソフィアをイスラム教の礼拝施設であるモスクにすることを宣言しました。正確には、オスマン帝国のメフメト2世の時代の土地の権利書をもとに、博物館に定めたケマル・アタテュルクの1934年の政令を違法とし、もとのモスクに戻したのです。

これに反応したのは、アヤ・ソフィアの前身となる大聖堂を築いた正教会のギリシャを始めとするキリスト教の国々でした。アヤ・ソフィアはオスマン帝国の時代にモスクとされましたが、その壁の漆喰の下にはキリスト教のモザイクが残されていたからです。アヤ・ソフィアは、ひとつの建物の中にキリスト教のモザイクとイスラム教のムハンマドの名をアラビア文字で描いた額などが共存する、世界でも貴重な建造物です。もちろん、モスクの時代はキリスト教のモザイクは塗りこめられていましたが、こうした宗教的な寛容さというのはオスマン帝国の特徴でもありました。それが現在のエルサレムの旧市街の混沌とも関係するのですが。

世界遺産としても、イスタンブルでは文化交流の価値が評価されて登録基準(ii)が認められ、評価書の中でもアヤ・ソフィアはキリスト教とイスラム教の両方の建築に影響を与えた象徴とされています。それもあって今回ユネスコは素早く反応し、事前の協議がなかったことなどからオードレ・アズレ事務局長が遺憾の意を表しました。

しかし、今回の決定を受けてイスタンブルの世界遺産としてのステイタスが変化するかといえば、すぐには変わらないと思います。というのも、イスタンブルの顕著な普遍的価値の中心は、その都市景観だからです。ビザンツ帝国からオスマン帝国の時代にかけて築き上げられた多文化融合の都市景観が価値の中心であって、アヤ・ソフィアの地位が博物館からモスクになったところで、すぐには影響がないからです。

一方で、世界遺産として気になる点としては、今回の最高行政裁判所の決定を受けてアヤ・ソフィアの管轄が文化観光省から宗務庁へと変わったことです。イスタンブルの推薦書では、保全の主体となるのは文化観光省とされていますので、アヤ・ソフィアの管轄がそこから宗務庁へと変われば保全計画も変わってくるでしょう。キリスト教のモザイク画が取り除かれることがあれば、世界遺産としての価値が損なわれます。その点をユネスコは懸念しているのだと考えられます。

すぐにアヤ・ソフィアからキリスト教の要素が排除されるということはないとは思いますが、宗務庁としてはほかのモスクでは許されないキリスト教の人物画のモザイクが、どのような理由でアヤ・ソフィアにだけ認められるのか説明が必要になるでしょう。これは宗教を扱う宗務庁だけに、かなり難しいことだと思います。エルドアン大統領の決定に困惑しているのは、イスラム教徒も同じなのかもしれません。

(2020.07.20)