■ 研究員ブログ194 ■ 世界遺産の事前評価制度って何?

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梅雨というには乱暴な天気が続いていますが、皆さま大きな被害はありませんでしょうか。東京も昨夜はベッドに入った頃に雷と大雨で、しばらく寝付けませんでした。

先週末の世界遺産検定を受検した皆さま、お疲れ様でした。土曜日の富士山特設会場は、朝到着した時には大雨で富士山がどこにあるのかもわからないくらいでしたが、試験の頃には日も差して富士山もなんとか山頂まで見ることができてほっとしました。

週が明けて、世界遺産の話題がニュースになっていましたね。文化庁の文化審議会が開催され、暫定リストに記載されている「彦根城」と「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」を、次の日本の世界遺産候補として政府が優先的に推薦を進めるというものです。今年の9月に開催される第45回世界遺産委員会で、新規登録の可否が審議される遺産の中に日本のものはないので、少し先の話です。

でもこのニュース、報道する機関によって、「彦根城を優先的に進める」というものもあれば「飛鳥・藤原を優先的に進める」というものもあり、なんだかよく分かりません。それに事前評価制度という新しい言葉も出てきて、パッと読んだだけではよくわからなかった方も多かったのではないでしょうか。

そもそも、現在の暫定リストに記載されている遺産の中で、推薦書の素案を文化庁に提出しているのは「彦根城」と「飛鳥・藤原」だけなので、この2つが優先的に進める候補になったと言われても、そりゃそうでしょ、と思ってしまいます。

現在、1年に1つの国から推薦される遺産の数は1件だけです。つまり次の世界遺産候補としては「彦根城」と「飛鳥・藤原」のどちらかが「優先」されるはずです。ただ今回、「彦根城」と「飛鳥・藤原」で異なる推薦プロセスを採ることになったために、報道も混乱しているように思います。

最近の世界遺産委員会では、諮問機関の勧告と世界遺産委員会の決議が異なることが多く、問題になっていました。ICOMOSやIUCNなどの諮問機関は保護・保全の専門家として厳密に評価しているのですが、世界遺産委員会は遺産を保有する国や地域の熱意や文化の尊重、地域間のバランスなども考慮しながら決議を行うため、その間に意見の乖離が出てしまっていたのです。

そこで2021年の世界遺産委員会で新たに導入が決まったのが「プレリミナリー・アセスメント(事前評価)」です。これは各国が推薦書を提出する前に諮問機関に評価を依頼して、早い段階から対話を通じたアドヴァイスをもらい推薦書をブラッシュアップする取り組みです。アップストリーム・プロセスとよく似ているのですが、アップストリーム・プロセスが任意であるのに対し、プレリミナリー・アセスメントは義務であるという点が違います。現在は移行期間ですが、2027年に推薦する遺産からは義務になります。

つまり、世界遺産の推薦プロセスは「プレリミナリー・アセスメント」と「本推薦」の2段階になるということです。

このプレリミナリー・アセスメントを、日本で初めて用いて推薦するのが「彦根城」です。「彦根城」は、今年の9月15日までにプレリミナリー・アセスメントの申請書を提出します。提出された書類はICOMOSで審査され、翌年の2024年10月1日までに評価書が出されます。

この調査はあくまで書類上での審査になります。この点も、現地調査を行うアップストリーム・プロセスや本推薦の時とは異なっています。(アップストリーム・プロセスの現地調査は必須ではありません。)

ここまで読むと、「飛鳥・藤原」よりも「彦根城」が優先的に進むように思うかもしれませんが、そうでもないのです。

プレリミナリー・アセスメントで評価書が出されてから、推薦書を提出するまで少なくとも12ヵ月かかると「作業指針」には書かれています。つまり、「彦根城」は早くても推薦書の提出は2026年1月30日で、世界遺産委員会で審議されるのは2027年。世界遺産登録に少なくとも、ここから4年かかるのです。

プレリミナリー・アセスメントの評価書の内容によっては、推薦がさらに遅れることも考えられます。また、評価書の内容に関わらず推薦書を提出することは可能ですが、登録の可能性が下がるだけなので、そこは無理はしないと思います。

一方で「飛鳥・藤原」は、最短で行けば今年の9月30日までに推薦書原案を提出して、2024年2月1日までに推薦書を提出すれば、2025年の世界遺産委員会で登録の可能性もあります。

しかし、構成資産の法的な保護やバッファーゾーンも含めた一体的な保護体制の構築など課題も多く、今年度の推薦は見送られたそうです。そうなると最短で2025年の推薦で、2026年の世界遺産委員会での審議になります。条件だけで見れば「飛鳥・藤原」の方が先に進むかもしれません。

プレリミナリー・アセスメントは長い間、導入が検討されていましたが、一番のネックになっていたのが、費用負担をどこがするのかという問題でした。世界遺産委員会の作業部会の試算では1件につき約230万円かかるからです。これは今回、義務のプロセスになったということで世界遺産基金から出すべきとされましたが、試算の金額を考慮して任意の金額での自発的な費用負担が求められることになりました。この点も、全額を申請国が負担するアップストリーム・プロセスと異なります。7月にはアメリカもユネスコに復帰して分担金を支払っていくようなので、少しだけ安心ですね。まだまだ全然お金は足りませんが。

ユネスコの世界遺産活動の取り組みも試行錯誤が続いていますので、今後もぜひ注目していってもらえればと思います。もちろん、日本の次の世界遺産候補の行方も!

(2023.07.04)

※ 年号に誤りがあったので赤字の箇所の年号を修正しました。「×2025年⇒〇2024年」(2023.07.06)

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