■ 研究員ブログ195 ■ さまざまな顔を持つローマに会える「永遠の都ローマ展」

カピトリーノの牝狼(複製)20世紀(原作は前5世紀)ローマ市庁舎蔵

奈良から京都経由で東京に戻ってくる出張の帰り道に、『ヴェネツィアとその潟』が危機遺産リスト入りを免れたというニュースを知りました。ICOMOSがヴェネツィアに対して危機遺産リスト記載の勧告を出していたので、どうなるのか注目していたのですが、とりあえずは経過観察ということのようですね。

ヴェネツィアは多すぎる観光客の問題や、大型フェリーによる環境負荷の問題、高潮の問題など多くの課題を抱えています。今回は、観光客から入島料を徴収する計画や、大型フェリーの入港制限、可動堰のプロジェクトなどに一定の評価が与えられたということですが、これらは問題が解決したわけではないので安心はできません。

そもそも入島料の徴収はもう何年も前から計画しては延期の繰り返しだし、可動堰の計画だって政治家の汚職などもあり遅れに遅れています。そうしたいい加減な現状を見るにつけ、イタリア人らしいなと思ってしまうのですが、それが憎めないのもイタリアなんですよね。僕はイタリアが大好きなのです。

僕が留学していたフランスの都市はイタリアに近いこともあり、学生寮にも多くのイタリア人留学生がいました。その内のひとりと仲良くなり、彼のローマの実家にも何度も泊めてもらってローマ観光をしました。雑然として音が氾濫していて、車やスクーターが溢れ、市民や観光客の間にはコロッセウムやサン・タンジェロ城などの遺跡が覗くローマは、他のどの都市とも違う魅力が僕にはありました。

そうしたローマの歩みを伝える展覧会『永遠の都ローマ展』が、東京都美術館で開催されています。

オオカミに育てられた双子の兄弟ロムルスとレムスの建国神話に始まるローマは、共和制を経て、地中海沿岸から西アジア、グレートブリテン島南部までを支配する大帝国となりました。

しかし、拡大しすぎた繁栄はやはり終わりを迎えます。ローマ帝国が東西に分割されると次第に都市としてのローマの重要性は薄れていきました。再び脚光を浴びるのはローマ教皇領としてルネサンスの中心地のひとつとなってからのこと。強大な力をもつ教皇の下、ミケランジェロやラファエロ、ベルニーニといった芸術家が活躍し、芸術の都としての地位を確立しました。

今回の展覧会は、1471年に教皇シクストゥス4世がラテラーノ教皇宮に集められていたブロンズ彫刻をローマ市民に寄贈し、1734年にクレメンス12世が一般に公開したことで世界で最初の公的な美術館のひとつとなったカピトリーノ美術館の作品が中心になっています。

カピトリーノ美術館は、古代ローマの基礎となる七丘のひとつ、カンピドーリオ(カピトリーノの丘)にあります。今回初めて知ったのですが、カンピドーリオの正面の階段から真っすぐ見渡す場所にヴァティカン市国があり、教皇領としての都市計画がなされていたことがわかります。またミケランジェロ設計の美しいカンピドーリオ広場は、イタリアのユーロ50セントコインのデザインでも有名です。

今回、最初に目を引くのが「カピトリーノの牝狼」です。このモチーフはロムルスとレムスの建国神話のもので、ローマのいたるところで目にすることができます。牝狼の表情や浮き上がる血管、毛並みなども素晴らしく、乳を飲む双子の姿もリアルなのですが、もともとは牝狼単体の像だったそうです。それが後に双子の像が加えられ今の姿になりました。ロムルスとレムスを動物に育てられた姿で描くことは、普通とは異なる人間を超越した特別な存在にしたかったのだと考えられます。また、多神教世界だった古代ローマらしい自然と人間の距離感のようにも感じられます。

展覧会では、ローマの建国神話から始まり、皇帝の力を伝える「コンスタンティヌス帝の巨像の頭部(複製)」、キリスト教カトリックの主都やルネサンス都市として栄えたことを伝える絵画作品など、展示室を順に観ていくことでローマがどのような都市として変化してきたのかを感じることができます。

また「ローマの歴史地区」の世界遺産としての登録範囲は、ウルバヌス8世の城壁内部なのですが、その教皇の姿をピエトロ・ダ・コルトーナ作の「教皇ウルバヌス8世の肖像」で観ることができます。こんな穏やかな表情の方だったんですね。

初来日の美しい「カピトリーノのヴィーナス」や、今回一番気に入った「ボルセナの鏡」、コインや「パイエーケス人の踊り」のレリーフなど注目作品が多くありますので、ぜひ足を運んでご覧ください。

展覧会を観た帰り道、ローマでの懐かしい思い出が蘇ってきました。

秋の一週間の休みに友人の実家に泊めてもらって、ローマ市内観光を楽しんだ時のこと。美術館などはどこも、EU圏内の学生のチケット割引が大きく、一般料金との間に大きな差がありました。すると友人は、僕のフランスの大学の学生証を受付の人に見せ、「彼はフランス人だ!」と主張してくれたのです。「いやいやいや、さすがにそれは無理があるでしょ」と思いながらも僕の中で精一杯の「フランス人学生っぽい顔」をしていたら、彼のむちゃな主張が無事に受け入れられたのか、EU圏内の学生割引でチケットを買うことができたのです。こういう何でもありなところも、イタリアのよいところですね。またローマに行きたくなってきました。

◆ 永遠の都ローマ展

会場:東京都美術館
会期:2023年9月16日(土)~12月10日(日)
   ※土日・祝日のみ日時指定予約制
    (当日の空きがあれば入場可能)
時間:9:30~17:30(金のみ20:00まで)
   ※入室は閉室の30分前まで
URL:https://roma2023-24.jp/

<巡回予定>
会場:福岡市美術館
会期:2024年1月5日(金)~3月10日(日)
※「カピトリーノのヴィーナス」は東京会場のみ展示

(2023.09.19)