■ 研究員ブログ196 ■ 第45回世界遺産委員会で世界遺産は1199件に!

どこか少し他人事のようでもあった地球規模の気候変動を、私たち全員が体験として実感した長い夏が終わり、ようやく秋らしくなってきました。その心地よさの反面、ウクライナに続きパレスチナ問題も再燃して、心落ち着かない日々です。パレスチナとイスラエルの双方の犠牲者の方々には祈りを捧げたいと思います。ブログに書きたいこと、書かないといけないことも多いのですが、まずは第45回世界遺産委員会です。遅くなってしまい、すみません!

記念すべき第45回世界遺産委員会が、2023年9月10日~25日にかけてサウジアラビア王国のリヤドで開催され、無事に閉会しました。第45回の委員会は、本来2022年にロシアのカザンで開催される予定だったものですが、ロシアのウクライナ侵攻を受けてロシアが議長国として開催することに対する疑問や反発があり、延期されていました。

ロシアは議長国を降りましたが、世界遺産ビューロー会議のメンバーとしては残り、世界遺産委員会にももちろん代表団が参加していました。国連のように会議が形骸化したり非難の応酬になったりする不安もありましたが、議長を務めたサウジアラビアのアブドゥレラー・アル・トゥカイス博士の下で大きな混乱もなく会議は進みました。

ロシアの侵攻によりウクライナの遺産が破壊されたという指摘に対してロシアが反論したり、ウクライナのキーウやリヴィウの危機遺産リスト記載に対してロシアが、ウクライナ自身がすでに遺産の真正性を損なってきたと反論するなどありましたが、概ね想定内でした。キーウとリヴィウが危機遺産リスト入りした決議文の中に、ウクライナの文化や自然を破壊する行為の停止が盛り込まれましたが、そこに「ロシア」という言葉は含まれておらず、委員国であるロシアへの配慮はあったようです。

今回の世界遺産委員会で特筆すべき点は2つありました。

◆ 審議した遺産のほとんどが登録された!

まず1つ目は、新規登録で審議された遺産のほとんどが「登録」決議になったという点です。今回は2022年分と2023年分の遺産の審議を行いましたが、審議した50件(登録範囲拡大の再推薦を含む)のうち47件が「登録」決議になりました。様々な意見は出たものの、どんどん決まって行った感じです。事前の勧告でも「登録」勧告が多かったのですが、「情報照会」と「登録延期」の勧告だった18件のうち16件が登録、「不登録」勧告だった1件は一段階アップの「登録延期」決議でした。

これは、推薦段階でしっかりと保全計画を含む推薦書を整えてきているという側面も大きいのですが、審議の中で各委員国の代表がポジティヴな発言をして登録を後押ししている、どこか登録を前提に皆が発言をしているようにも感じました。とりあえず登録して不十分なところは後から追加で報告を受けましょう、といったように。全ての審議を見たわけではないですが。

こうしたやり方は、本来の「世界遺産の保護・保全の立場」から考えるとよいとは言えないですが、ルワンダ初の世界遺産が今回誕生したように、世界の多様性を代表するという「世界遺産の意義」から考えると、国際会議の場での話し合いとしては悪いとも言えないと僕は思います。ちなみに、ルワンダの遺産2件への勧告は「情報照会」と「登録延期」でした。

◆ 新たな概念「記憶の場」

2つ目は、「記憶の場(サイト・オブ・メモリー)」に関する遺産の登録です。今回、次の3つの遺産が「記憶の場」に関する遺産として登録されました。

・ESMA 博物館と記憶の場:拘禁と拷問、虐殺のかつての機密拠点(アルゼンチン)
・第一次世界大戦(西部戦線)の慰霊と記憶の場(ベルギー/フランス)
・ルワンダ虐殺の記憶の場:ニャマタ、ムランビ、ギソジ、ビセセロ(ルワンダ)

「記憶の場」は、国家とその国民(少なくとも国民の一部)もしくはコミュニティが、記憶に残したいと考える出来事が起こった場所のことです。また、そこは平和と対話の文化を促進する教育的な場所でなければならないとされています。

これは「負の遺産」と似ているようにも感じますが、「負の遺産」は正式に定義されていませんが、「記憶の場」は「近年の紛争(リーセント・コンフリクツ)」に関連して正式に定義されている点が大きく異なります。

世界遺産は不動産を登録するものですが、人々の記憶と切り離された文化財なんて存在しないので、「記憶の場」として抽象的な概念を価値に含んでいくことには賛成です。ただ、「記憶」や「歴史」というのは極めて主観的な側面を持っており、どの「記憶」や「歴史」を「顕著な普遍的価値」をもつ世界遺産として登録し守っていくのかは、とても慎重である必要があります。どの文化遺産についても言えることですが。

◆ その他

その他では、日本の尾池厚之ユネスコ特命全権大使が何度も積極的に発言されていたことが印象的でした。毅然とした姿で発言されていて素敵でした(陳腐な感想ですすみません)。あとは、イタリアの「ヴェネツィアとその潟」やブルガリアの「ネセビルの古代都市」の観光開発などの課題解決が先送りになったこと、パレスチナの「古代エリコ/テル・エッ・スルタン」の登録がイスラエルとユネスコの関係を更に悪化させそうなこと、などが気になりました。特にエリコは、最近のガザ関連のニュースと相まって心配です。

新規登録の遺産は、まだ内容を読めていないものがほとんどですが、チェコのビール「ピルスナーウルケル」が好きなので「ジャテツとザーツ・ホップの景観」には興味がありますし、オランダの「フラーネカーのエイシンハ・プラネタリウム」はぜひ自分の目で見てみたい遺産です。

ざっとしたまとめでしたが、第45回世界遺産委員会についてでした。次回の世界遺産委員会の会場はインドが名乗り出ていますがまだ決定していません。11月末の世界遺産条約締約国会議内で決まる予定です。

新しい42件の遺産、一つひとつ調べていくのが楽しみですね。

(2023.10.13)