■ 研究員ブログ170 ■ 世界遺産でみる地震対策 五重塔とサン・フランチェスコ聖堂

暗闇でベッドの端に座り、かなり長い時間みしみしと家が軋む音を聞いていたら、冷たい風が吹く暗い夜道を何時間もかけて歩いて帰った10年前のことを思い出してしまいました。皆さま、お怪我などはありませんでしたでしょうか。

日本は昔から地震が比較的多い国のため、大きな被害を何度も受けてきました。歴史的な建造物も、地震の被害から再建されたり耐震性で工夫が加えられたりしています。代表的なものが五重塔です。

『法隆寺地域の仏教建造物群』にある法隆寺の五重塔では、五重塔の中心を貫く心柱がそれぞれの屋根とつながれておらず、地震でも心柱が屋根とは別にしなるように揺れることで倒壊を防ぐ免震構造になっています。これは、ひとつの建物の中に異なるタイミングで揺れるものがあると、互いに揺れを打ち消しあい、揺れを小さくすることができるという仕組みです。

同じく『日光の社寺』にある東照宮の五重塔では、心柱が吊り下げられて地面から浮くようにして免震構造としています。同じ日本の五重塔でも、それぞれ工夫の仕方が異なっている点が興味深いですね。こうした伝統的な技術は現代建築にも活かされていて、東京のスカイツリーでは、法隆寺の五重塔式の免震構造が採用されています。

日本と同じように地震の多い中南米では、グアテマラの『アンティグア・グアテマラ』にあるラ・メルセー教会などのように、地震で被害を受ける度に、柱を太く短くし、壁を厚くして耐震構造にしています。アジアでも、フィリピンの『フィリピンのバロック様式の教会群』のように天井を低く壁を厚くする方法は共通するものがあります。日本とは木造と石造という違いもあり、地震への対処の考え方が異なっています。

一方で、ヨーロッパは日本などと比べて地震が多くありません。しかし、その中でもイタリアは比較的に地震が多く、イタリア中部から南部にかけて、半島の中心部を貫くように地震多発エリアが広がっています。その地震多発エリアの北端に位置するのが『アッシジのサン・フランチェスコ聖堂と関連建造物群』です。

アッシジは、1997年のウンブリア・マルケ大地震で大きな被害を受けました。サン・フランチェスコ聖堂も2度にわたる直下型の大地震で、上堂の天井が崩れ落ち、壁やフレスコ画は粉々になってしまいました。これにより修道士を含む4人が亡くなられています。アッシジ全体では11人が亡くなられているので、サン・フランチェスコ聖堂に関連して亡くなられた方が多いことがわかります。

サン・フランチェスコ聖堂が被災した時、まだ世界遺産には登録されていませんでしたが、イタリア政府はサン・フランチェスコ聖堂の価値を考えて、通常は州政府が主体となるところを国が主導して修復を開始しました。ICOMOSも全面的な支援を行っています。

修復に際しては、構造の修復や今後の防災を考えることと、美的・歴史的価値を保つことが両輪として重視され、壁や天井のフレスコ画などを修復する美術品担当と、建物そのものを修復する建築担当と別々のチームに分かれて修復が行われました。

サン・フランチェスコ聖堂で、粉々になった破片を全て拾い集め、パズルのように組み合わせてフレスコ画を再生させる映像を見たことがありますが、気の遠くなるような根気のいる作業です。また、崩れ落ちたヴォールト天井の裏にスプリングダンパーを入れたり、屋根の側面に形状記憶合金のダンバーを設置したりするなど、歴史的建造物の真正性と景観の保護を行いながら、見えない場所に最新の耐震技術を取り入れて将来の安全性も確保しました。世界中からの寄付やボランティアの活躍もあり、世界遺産登録された2000年には、元の姿を取り戻しました。

文化財や歴史的建造物を地震や火災、台風などの被害から守ることは、安全性と同時に、真正性や美的・歴史的価値にも配慮しなければならず、難しいところがあります。歴史から学び最新の技術を現代の修復に活かす上で、文化財保護の予算がもう少し増えたらよいのになと思いました。地震や新型コロナウイルスの感染の影響など、あまり心躍らない社会状況なのに株価の日経平均が3万円を超えたなんてニュースを聞くと尚更です。その恩恵が少しは文化財保護の方にもこないかな。

(2021.02.15)