■ 研究員ブログ193 ■ 新規登録遺産の紹介・・・「オデーサの歴史地区」

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3月に入りずいぶんと春らしくなってきましたね。風も強く、久しぶりにしっかりと花粉症の症状が今年は出ていて大変です。大人になると月日の流れは春夏秋冬の環で感じるのですが、若い人たちは春に入試や卒業式、進級・進学、就職などが加わるのでアップスパイラルを描くように月日を感じているのでしょうね。彼らに勢いがあるのはそのためなのかな。

月日の流れといえば、ロシアがウクライナに侵攻してからもう一年が経ちました。SNSの反応などを見ていても、僕たちの関心が少し薄れてきてしまっているようにも感じます。そうした世界中の人々にもう一度ウクライナの危機を思い起こさせる意味もあったのが、1月の第18回世界遺産委員会特別会合での「オデーサの歴史地区」の緊急登録です。今回は「オデーサの歴史地区」を簡単に紹介したいと思います。

◆ オデーサの歴史地区(ウクライナ)
登録基準:(ii)(iv)

オデーサは、ウクライナ南部の黒海沿岸にあります。現在のオデーサの辺りは、様々な遊牧民たちが生活してきた場所でしたが、港湾都市として整備されるきっかけとなったのはロシア帝国がトルコのオスマン帝国との戦争の中で、オスマン帝国の要塞があったこの地ハジベイを手に入れたことです。

ロシアは冬になると凍ってしまう海に囲まれていたため、冬も凍ることのない不凍港を手に入れることは軍事的にも経済的にも重要でした。そこでロシア帝国は地中海のバルカン半島や黒海のクリミア半島、そしてオデーサ周辺などを手に入れるべく南下政策を行って領土を拡大させていきました。ロシア帝国のエカチェリーナ2世がオデーサの地に港湾都市を整備したのもそのためです。1794年に建設が開始され、古代ギリシャ都市オデッソスの名前を女性系にしたオデッサと名付けられました。それが現在ウクライナ語で「オデーサ」と呼ばれる都市です。

その後、オデーサは1819年に自由港湾都市になると、一気に華やかな国際都市として発展します。経済的に豊かになったこともあり、文化的にも様々な地域・民族の文化や建築様式が融合した宮殿や聖堂、劇場、文化施設、そして有名な「オデーサ階段(ポチョムキンの階段)」(現在の正式名称は「プリモルスキー階段」)などが次々と作られました。

1853年のクリミア戦争の被害を経て、1905年から始まった第一次ロシア革命では、水兵が艦長や士官に対して武装蜂起した戦艦ポチョムキンがオデーサ港に入港します。セルゲイ・エイゼンシュテインの映画『戦艦ポチョムキン』に描かれていたのは、この「オデーサ階段(ポチョムキンの階段)」で反乱水兵や労働者を鎮圧しようとしたロシア軍兵士が一般市民を虐殺した出来事です。史実に基づいた描写ではありませんでしたが、世界中に「オデーサ階段(ポチョムキンの階段)」の名がシンボリックに記憶されたことは間違いありません。僕もオデーサと聞いて最初に頭に浮かんだのがあの『戦艦ポチョムキン』のシークエンスでした。ロシア帝国の兵士の残虐さをシンボリックに描いた描写ですが、立場が変わって現在の状況に通じるところもあり皮肉に感じてしまいます。

旧市街は、並木道によって2つの長方形のブロックに分けられた格子状の区分けになっていて、あまり高層の建物がない点が特徴です。海から直線的に広がる街並に、美しいプリモルスキー大通りや、巨大なプリモルスキー階段(オデーサ階段)、1887年に再建されたオデーサ国立アカデミック・オペラ・バレエ劇場、ヴォロンツォフ宮殿、1884年に建設されたオデーサ・ホロヴナ駅、1898に建設されたオデーサ・パサージュなどが残り、古典主義様式やネオ・ゴシック様式、パラディオ様式、インペリアル様式など、他の周辺都市と比べても豊かな文化的多様性を感じられる街だそうです。僕は行ったことがないのですが、映像や画像を見ていると本当に行きたくなります。世界遺産としては、そうした建造物が残る19世紀から20世紀にかけての傑出した都市計画が評価されました。

オデーサは、歴史的にクリミア戦争やロシア革命、第一次世界大戦の頃のウクライナとソ連の軍事衝突、第二次世界大戦でのナチスによる支配など、美しい歴史とは裏腹に多くの悲しい危機に直面してきました。そして現在もそれは繰り返されています。世界遺産登録だけで都市の破壊が防げるとは思いませんが、最初にも書いたように世界中の人々にオデーサを思い出させることはできます。UNESCOはウクライナに対して既に1,800万ドル以上の支援を行っていますが、人々がオデーサに注目する限り世界の人々からの支援の手は差し伸べられ、都市や文化財の破壊への抑止力につながるのだと思います。ぜひ皆さんもオデーサの歴史や文化に興味を持って調べてみてください。それもひとつの平和への活動だと僕は信じています。

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