■ 研究員ブログ235 ■ 第48回世界遺産委員会⑧:『飛鳥・藤原の宮都』日本で27件目の世界遺産に!

今日はいよいよ『飛鳥・藤原の宮都』の審議が行われる日です。少し前の天気予報だと今日は曇りかもと言っていましたが、雲もほとんどない快晴です。気温も湿度も高い感じで、よく言うと高揚感があります・・・それは無理があるか。まぁ絶好の登録日和です。

会場には多くの日本のメディアも早くから来ており、省庁の方々もいつもよりも早めに開場しているように思います。

最初の審議は、緊急的登録推薦で出された南スーダン共和国の『ボマとバディンギロにおける動物の渡りの景観』です。登録基準(vii)(ix)(x)で推薦されていましたが、決議文への修正案もコメントもなく、そのまま登録基準(vii)(ix)(x)で登録が決議されました。南スーダン初の世界遺産です。緊急的登録推薦のため、同時に危機遺産リストにも記載されました。違法な狩猟や野生動物の密売、石油や天然ガスの採掘活動などが遺産に与える悪影響などがその理由です。保全状況報告書が来年の第49回世界遺産委員会で審議されます。

次はいよいよ、日本の『飛鳥・藤原の宮都』です。ご存じの通り登録基準(ii)(iii)で推薦されていましたが、ICOMOSの評価内容はほぼ完璧で、そのまま登録基準(ii)(iii)で登録が決議されました。日本からは2年ぶり、27件目の世界遺産です。評価書には多くの美しい航空写真が使われ、飛鳥・藤原一帯の遺跡としての魅力が本当によく伝わっていたと思います。

登録が決議されると、日本の代表団の座席まで20カ国以上の大使や関係者が祝福に訪れ、加納大使も嬉しそうに対応に追われていました。そのまま場所を移して記者会見が行われ、文化庁も担当する小林文科副大臣や奈良県の山下知事、「飛鳥古京を守る議員連盟」の国会議員団が記者に囲まれました。感想などは最後に少し書きます。

『飛鳥・藤原の宮都』の次は、ウズベキスタン共和国の『タシュケントのモダニズム建築:中央アジアにおける近代性と伝統』です。登録基準(ii)(iv)で推薦されていましたが、構成資産を1つ外した9資産、登録基準(iv)のみで登録が勧告されていました。ここには修正案が出され、審議が行われた結果、推薦時の10資産のまま登録基準(iv)で登録が決議されました。

次は、サントメ・プリンシペ民主共和国の『サン・トメとプリンシペのロサ(農園)群:植民地農業システムと強制移住』です。登録基準(iv)(v)で推薦されていましたが、登録基準(iv)は可能性があるものの(v)は認められず、保護にも課題があるとして情報照会が勧告されていました。ここではセネガルなどから修正案が出され、議論の結果、登録基準(iv)で登録が決議されました。サントメ・プリンシペ初の世界遺産です。登録後のサントメ・プリンシペのスピーチでは、日本の協力への感謝も述べられました。

次は、保全状況報告の審議に戻り、バングラデシュの『シュンドルボン』です。第49回世界遺産委員会で保全状況の進捗状況を審議する勧告内容でしたが、過去の委員会の決議の内容やスケジュールの整合性などから議論が長引き、2029年2月1日までに進捗報告を提出し、最終的には2032年の第54回世界遺産委員会で審議することで決議されました。いろいろな力が働いたのだとは思いますが、IUCNの意見は考慮されずちょっと無理のある決議だったのでは、という気がしなくもないです。

午後はまた新規登録に関する審議に戻り、まずギリシャ共和国の『オリンポス山周辺地域』です。この遺産は登録基準(vi)(viii)(ix)(x)で推薦された複合遺産でしたが、登録基準(vi)(x)は可能性があるけれどもIUCNもICOMOSも情報照会という勧告でした。これにカザフスタンなどから(vi)(x)で登録するという修正案が出され、審議の末に登録基準(vi)(x)で登録が決議されました。決議文に記載された改善提案に対する対応を第50回で審議することになりました。

次はイラン・イスラム共和国の『アラムート城と関連要塞群』です。評価書を見ると山城というか、すごい岩山の上などに築かれた要塞群です。登録基準(ii)(iii)(v)(vi)で推薦されましたが、(iii)のみで登録が勧告されていました。これには修正もコメントもなく、登録基準(iii)で登録が決議されました。決議後のイランのスピーチでは、アメリカやイスラエルの名前は出しませんでしたが、不当な軍事行動によってイランの人々や文化遺産に大きな被害が出ていることに言及もありました。

次は、ウズベキスタン共和国、カザフスタン共和国、キルギス共和国、タジキスタンの「シルク・ロード:フェルガナ・シルダリヤ回廊」です。登録基準(ii)(iii)(iv)(v)(vi)で推薦されていましたが、真正性も完全性も比較研究も十分ではないとして登録延期が勧告されていました。ここには修正案もコメントもなく、登録延期が決議されました。

次はフィンランド共和国の『アルヴァ・アアルトの作品群』です。登録基準(ii)で推薦され、登録勧告が出されていましたが、修正案もコメントもなく、そのまま登録基準(ii)で登録が決議されました。評価書の写真を見るだけでも建物のデザインやインテリアが素敵で、建築好きにはとても嬉しい登録だと思います。

次はフランス共和国の『ノルマンディー上陸作戦の海岸群(1944年)』です。これは「記憶の場」を世界遺産の審議対象とすべきかどうかのきっかけとなった遺産のひとつです。登録基準(iv)(vi)で推薦されていましたが、(vi)のみで登録が勧告されていました。これも修正もコメントもなく、登録基準(vi)で登録が決議されました。評価書の写真を見ていると、本当に普通の自然の海岸だったりするので、「出来事」という無形の要素がかなり強く評価される遺産だと思います。もちろん「記憶の場」としての登録です。

次はイタリア共和国の『18-19世紀のイタリア中部におけるイタリア式の共同所有型劇場システム』です。これは18件の構成資産、登録基準(iii)(iv)で推薦されていましたが、構成資産を10件にまで減らし、登録基準(iii)のみで登録が勧告されていました。これも修正もコメントもなく、登録基準(iii)で登録が決議されました。イタリアは62件目の世界遺産です。評価書を見るとどれも本当に美しい劇場で、こんなところで演奏するのも聴きに行くのも素敵だろうなと夢想してしまいます。

次はフランス共和国の『ラングドック地方のカペー朝の要塞群』です。この遺産は「カルカッソンヌの地方行政管区における要塞群システム(13-14世紀)」という名称で、登録基準(ii)(iv)で推薦されていました。ICOMOSの勧告では名称が変更され、登録基準(iv)のみで登録勧告になっていました。そのまま修正案もコメントもなく、登録基準(iv)で登録が決議されました。しかし、採択された決議文では遺産名が推薦時のままになっており、その名称で決議されたはずなのですが、UNESCOのサイトでは遺産名が勧告内容のものに変更されていました。なんだか変な感じです。

次はポルトガル共和国の「ライア(国境地帯)の稜堡式要塞群」です。この遺産は登録基準(ii)(iv)(vi)で推薦されていましたが、かなり評価は厳しく、登録延期が勧告されていました。修正案もコメントもなく、そのまま登録延期が決議されました。

次はドイツ連邦共和国の『ベルリンのモダニズム公共住宅』の範囲拡大です。「ツェーレンドルフ森林住宅地区」の追加が申請され、承認の勧告でした。これも修正もコメントもなく、範囲拡大の承認が決議されました。

ここで時間の関係もあり、保全状況報告に戻り、メキシコの『エル・ピナカーテとグラン・デシエルト・デ・アルタル生物圏保存地域』が審議されました。アメリカがメキシコとの国境に築いた壁が遺産に悪影響を与えていることなどを考慮して、第50回で危機遺産リストへの記載も視野に入れた審議が行われることになりました。

最後はアルゼンチンの『バルデス半島』です。最新の保全状況報告を2027年2月1日までに提出し、第49回で審議されることになりました。

今日はかなり気楽に議論を聞くことができました。今回見ていて素晴らしいなと思ったのが、加納ユネスコ日本政府代表部特命全権大使です。新しい世界遺産の記載が決議されると、多くの大使が遺産保有国の代表団の席まで訪れ祝辞を述べます。加納大使もフットワーク軽く、すぐに祝辞を述べに行っていらっしゃいました。そこまでは他の国の大使も、まあやっていることです。

しかし加納大使は、『飛鳥・藤原の宮都』登録後の記者会見で会場を離れていた間に登録された遺産の、保有国の代表団席を個別に訪れて、祝辞を述べていたのです。この気配りはなかなかできることではありません。国力を上げるというのは、こうした大使の行動の積み重ねなのだと改めて感じました。多くのアフリカの国々が、登録後のスピーチで日本への感謝のコメントをしていたのも、お金を出したからとかだけではないと思います。委員国ではないからできることでもありますが。

加納大使は本当に穏やかで気配りをされる方で、平和を目指すUNESCOのの大使としてまさに相応しい方だと思います。なかなか知ることのできない世界遺産委員会での大使のお仕事については書籍『世界遺産はどう決まる?』でインタビューにお答えいただいていますので、ぜひお読みください! 宣伝でした。

『飛鳥・藤原の宮都』の登録に立ち会って思ったことは、わかりやすい遺産ではない「考古遺跡」が登録されたのは、日本にとってもよかったなということです。その一方で、国会議員団や知事だけが最前面に出て祝辞を述べたり記者会見をしたりするのに、少し違和感も感じました。遺産を保護する主体を代表してそうした方々が出るのは当然ではありますが、保護や活用を含めた世界遺産活動は行政と市民が一体となって進めていくもので、世界遺産登録の場にその片方がいなくて、一方だけがカメラの前でエイエイオーとか言っているのは、なんだか中央集権の始まりを示す『飛鳥・藤原の宮都』の将来像なのか!?なんて思ってしまいました。

国会議員などの働きかけがあって法整備や予算が付いたりするのでもちろん感謝しかないなのですが、大使や文化庁の方々も裏方なのでそうした場では前に出ないですし、そうした瞬間に政治家だけが目立つのを他の世界遺産関連の場でも見てきたので、余計にそう感じてしまったのだと思います。

国内ではパブリックビューイングが行われて多くの市民が参加されていたようですし、海外での世界遺産委員会に市民の方が参加しにくいのはわかります。海外の遺産では遺産保護に関わる市民の方々がその場に立ち会ったりすることもあるので、行政の予算で招待するとかしてもよいのかなとは思いました。行政側もお金はあまりないので難しいかな。

せっかくの嬉しい日に長々とすみません。明日も引き続き、新規登録関連の審議があります。

(2026.07/26)