
ようやく東京も天気の良い日が続くようになり、季節がもとの順番通りになってきた気がします。昨日、仕事で訪れた鎌倉は暑いくらいでしたが。一昨日までいた青森は、朝晩の風がひんやりとして、木々の葉もうっすらと色づき始めていました。秋っていいですよね、ほんとに。
今回の青森では、世界遺産学習に取り組まれている県立青森南高校に伺って、音楽と歴史総合の教科横断型授業を見学させていただきました。オペラと権力という観点で、オペラ発祥とされるフィレンツェや絶対王政の象徴的な遺産であるヴェルサイユ宮殿などを取り上げて進められており、とても興味深い授業でした。
フィードバックでも先生方にお話しさせていただいたのですが、帰りの新幹線でも考えていたので、今回は自分への備忘録として書きたいと思います。僕が考えたことなので、音楽の専門家からすると正しくないかもしれません。
「音楽」を文化や歴史から考える時にやはり重要なのは、「誰に向けられたものなのか」ということなのだと思います。
音を奏でたり音声に節をつけるというのは、人間の生活の中で自然に出てきたものだとは思いますが、それが一定の形式をもった「音楽」になった時、その先にあったのは神の存在です。今回のオペラで考えると、オペラの基にあるのは古代ギリシャの演劇です。『アテネのアクロポリス』などの多くの遺産に、劇場が残されています。悲劇や喜劇、サテュロス劇などはギリシャの多神教の神々に捧げられたものでした。
「音楽(ミュージック)」の語源となっている「ムーサ」は、ギリシャ神話に出てくる9柱の女神たちで、彼女たちは声楽や器楽だけでなく、舞踊や詩、歴史、天文学などの時間芸術を司っています。絵画や彫刻などの空間芸術は含まれません。
そうした演劇を含む音楽はローマに受け継がれますが、一神教のキリスト教が国教になると、多神教の神々を扱い、多神教の神々に捧げられた演劇は行われなくなります。キリスト教世界での音楽は、教会で神に捧げられる教会音楽になります。現在のコンサートホールなどで演奏される器楽や声楽のみのクラシック音楽のルーツはこちらだと言えます。ここでも音楽は神に捧げられますが、多神教の神から一神教の神へと代わるのです。
そう考えると、オペラがフィレンツェで、それも貴族のカメラータ(イタリア語では寝室などの意味ですが、同好会のような文化的な集まりも指します)で音楽家や詩人、知識人たちから生まれたことは納得できます。神から人へという文化運動で、古代ギリシャ・ローマに立ち戻るルネサンスが興ったフィレンツェで力をもった市民が、ギリシャの演劇を基に作ったのがオペラです。そこでの音楽は神に向けられたものというよりも、市民に向けられたものと言えます。もちろんその背景にキリスト教があるというのは変わらないのですが。フィレンツェがルネサンスの象徴的な都市であることは『フィレンツェの歴史地区』にある、多くの裸の神々やダヴィデ像などを見るとよくわかります。
その後、オペラが大きく発展する絶対王政の時代というのは、王権神授説を唱える王が、神から直接権威づけされるように外に対してアピールしていく時代でもあります。そのため『ヴェルサイユ宮殿と庭園』では「鏡の間」のような豪華な空間が造られて貴族や市民、他国の大使などに対して富と権威を見せつけていきます。豪華な舞台セットや衣装、オーケストラなどが必要なオペラができるということも富と権威を象徴しており、そこで神などを王が演じることで神と直接関係のある自分の姿を王自らが演出しました。ここでの音楽は、国王を権威づけ貴族や市民、他国に対して向けられたものという意味も持ちます。
その後は、ワーグナーがオペラを改革したり、シューベルトが市民向けの室内での音楽を発展させたり、いろいろな方向へと向かい、音楽は誰に向けられたものかというのは一言で言うのが難しくなってきます。しかし20世紀初頭までは、オペラが富と権威の象徴であり続けたことは、世界遺産でもウィーンやオデーサ、サンクトペテルブルクなどの劇場を見てもわかります。
一方で、音楽が権力の側から市民の側へと来たことを感じるのが、2026年に登録されたイタリアの『18-19世紀のイタリア中部におけるイタリア式の共同所有型劇場システム』やブラジルの『アマゾニアの劇場群』です。前者は市民と自治体が市民社会形成と文化交流のために共同出資で造った劇場群だし、後者はゴム産業によって富を得た市民たちが造った劇場群です。またオーストラリアの『シドニーのオペラハウス』も新しい市民文化の中心となるように造られたものです。ここで音楽が向けられているのは、ブルジョア市民だけではなく一般的な市民全般だと言えます。
「音楽」というと主語が大きすぎて雑な流れになってしまいましたが、僕たちの生活の中で音楽は欠かせないものになっているので、それを西洋音楽のオペラの観点から考えるというのは、高校生たちにとって様々な気付きがあるだろうと思います。
「音楽と世界遺産」については、年明けにイベントもできないかと考えていたので、今回の青森出張は考えるよい機会となりました。青森南高校のK先生とT先生、ありがとうございました。
(2026.10.09)